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2018-10

昨日はありがとうございました

昨日のブログに対して、
たくさんの方からリアクションをいただきました。
本当にありがとうございました。

そういうのをあまり想像していなかったのですが、
なんか本当に感謝の気持ちです。

やはり、今の状態ではノーチラスをやめることはできないと、
あらためて思いました。
ひとりの名も無き人間が、極私的に始めた小さな劇団が、
今、たくさんの方々に支えられていると思うと、
本当に素直に、「前向きになろう」と思います。

もちろん昨日のブログのようなことは頭の中で考えればいいことで、
わざわざ書き残さなくても……とも思ったのですが、
やはりぼくは文章を書いて生計を立ててるような人間なので、
思ったことを文字にすることで頭の中に定着させるタイプなのだと思います。

なので、頭の中にあったもやもやしたものが今は整理できて、
それが未来につながった感じがします。
無理せず、素直に、求めるものを求めていきたいと思います。

本当に、ありがとうございました。





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シアターノーチラスのこと

おはようございます。まだ朝早い時間ですが、
昨日予告したことを書こうと思います。
これは自分のために書き留めておく文章でもあります。

じつは、シアターノーチラスは、
今回の「となりの事件」で終わりにするつもりでいました。
当日パンフに次回公演の予告がなかったのは、だからです。

理由はいくつかありますが、結局は僕自身の力不足です。

12年前に芝居をやろうと思い立ち、劇団を旗揚げしたときは、
「自分は脚本や演出についての教育を受けたわけではないし、
芝居について詳しいわけでもない。でも芝居は好きだ。
だから家族のような仲間がいて、内輪でワイワイ楽しめるような、
そんな小さな集まりができたらいいな」くらいの気持ちでした。

ところが、ノーチラスの芝居を「面白い」と言って下さる人がいて、
内輪だけの楽しみだった公演が、少しずつ変わってきました。

そのうち仲間の間から「下北沢でやろう」「もっと大きな劇場を目指そう」
というような声が出るようになり、ぼくもその気になりました。
少しずつですが一般の御客様の数が増えて、
そういう夢が、いつか夢でなくなるような気がしてきました。

2013年に初めて本多グループの劇場で公演をやらせていただき、
芝居の聖地である下北沢で公演をしてる自分に驚きつつも、
もっと上を目指そうという上昇志向を持つようになりました。

その後、本多グループのいくつかの劇場で度々芝居をやらせていただき、
そして今回のOFFOFFシアターでの「となりの事件」に至ります。

そして今思うのは、現実はなかなかそう甘くはないということです。
ぼくには演出や脚本についての基本的な知識も技量もない。
人よりも突出した才能があるわけでもない。

まわりを見れば、本格的に芝居の教育を受けた人たちや、
本当に才能のある人たちが大勢います。
それに気づいたとき、自分がひどく場違いな所にいるような気がしました。
自分が間違った場所に迷い込んでしまったような感じです。

それでもなんとか頑張って、自分が持っている力を全部出して、
さらに、小劇団だからこそできることは何だろうか?と考え、
たくさんの制約を逆手にとって最大限の効果を上げるにはどうすればいいか?
ということを考えて、自分なりに納得のいく芝居を作ってきたつもりです。

本当の演劇人やプロの真似をするつもりはありませんでした。
というか、そんな力はもともと僕にはありません。
あくまでも「小劇場」という範囲の中でできることをやろう、
芝居で食べてる、生活してるわけではないが、
それでも芝居が好きだという気持ちをエネルギーにして、
お客様に満足していただける、「観てよかった」と思っていただける、
そんな舞台を作ろう、それだけを考えながらやってきました。

しかし、そろそろ、そのことが限界になってきて、
「下北沢は、自分には高望みだった」と思うようになりました。
ここは、ぼくのようなド素人が芝居をやる場所ではない。
一度そう思い始めたら、どんどん自信がなくなり、
自分が委縮していくのがわかりました。

ここ1~2年で、一般の御客様がずいぶん増えて、
興味を持ってくださる方も少なからずいらっしゃいます。
しかし、そういう御客様が増えれば増えるほど、
自分は、その御客様の期待に応えるだけの芝居を作れるのだろうか?
と思うようになりました。

そんなことを考えているうちにすっかり疲弊してしまい、
次回作への意欲がなくなり、これで終わりにしようと思いました。
「となりの事件」を、ぼくにとって最後の芝居にするつもりでした。

以上が、これまで考えていたことです。

「小劇場」って何だろう。
世の中は「小劇場」に何を期待し、求めているのだろう。
「小劇場」は、ふつうのプロの演劇のミニチュア版ではないはずだ。
「小劇場」には「小劇場」でなければならない「何か」があるはずだ。
そう思います。

そして、それにふさわしい才能と実力が求められる世界です。
自分には、そんな力があるのか?
多分、「無い」と思います。



そんなことを、「となりの事件」の打ち上げの席でみんなに話しました。
自分の今の心情を、包み隠さず暴露したつもりです。
当然、みんなもそのことをわかってくれて、納得してくれると思いました。

ところが、意外なことに、みんなから反論を浴びました。
無理をしないで、自分が本当にやりたいことをやればいい、
きっとみんな、そう言ってくれたのだと思います。

そういうものなのかな。でも、確かにぼくは、
「自分が本当にやりたいことは何だったのか?」
それを忘れていたのかもしれません。

ぼくは、けっして演劇人になりたいわけではありません。
そんな才能は無い。永遠のアマチュアです。
それは12年前の最初からわかっていました。

でも同時に「御客様に満足していただける芝居を作り、
90分の芝居を見終わったあとに少しだけ心を揺さぶられるような、
御客様に寄り添えるような、そんな時間を生み出したい」
その気持ちも、やはり12年前からずっと持ち続けてきました。

そんな甘っちょろい考え方がどこまで通用するかわかりません。
しかし今は、みんなの声に後押しされて、
もう少し続けてみようかと思っています。

才能ある人と優れた劇団がひしめき合う「小劇場」の世界ですが、
ぼくのこのアマチュアリズムの居場所を、
そのどこかに探してみようかと思います。

というわけで、
自分はド素人なのだ、
自分にはただ熱意しかないのだ、
それを認めて自覚することから、再スタートを切りたいと思います。

それが2018年10月20日現在の心境です。

忘れないように書き留めておきます。

最後になりましたが、
今までシアターノーチラスを支えていただいた大勢の御客様、
役者の皆さん、スタッフの皆さん、
本当に、どう言えばいいかわからないくらい感謝しています。

よろしければ、
これからもシアターノーチラスにお付き合いください。

ぼくは何も変わることなく、
人間に寄り添える芝居を作り続けたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。


今村幸市




名も無き時計店の、閉店の挨拶のこと

ずっと探していた本があるのですが、まあ無理だろうと思って、
ネットで紀伊國屋書店本店の在庫検索したら、ちゃんとありました。
いやあ、お恥ずかしい。よりによって新宿紀伊國屋書店ですぜ。

新宿で本屋といえば西口のブックファーストしか行かなくて、
東口から少し歩く紀伊國屋書店は最近めったに行かなくなってた。
反省します。紀伊國屋書店は、どうあっても紀伊國屋書店なのです。
本当に申し訳ない。これからは東口にも足を運びます。

朝から少し原稿を書いて、さっそく新宿へ。
そして、目指す本をやっと手に入れて帰ってきました。

で、帰りにパールセンターを歩いていたら、
古い時計店のシャッターが下りていて、一枚の張り紙が。

それは、70年以上も続いた時計店の、閉店のお知らせでした。

マジックの手書きの文字で書かれたその挨拶文には、
店主が5月から病気で、もうこれ以上は店を続けられないということが、
丁寧な文章で書かれていました。

店全体がホコリをかぶったような古い時計店で、
お客さんがいるのを見たことはありません。

この店、大丈夫なのかな、通るたびにそう思っていましたが、
その挨拶文には、「いつ店主が戻ってくるのか。
時計が壊れたのだが、修理はこの店だと決めているので、
早く戻ってきてほしい」といった手紙が数多く寄せられていることが、
申し訳なさそうに書かれていました。

店に来るお客さんはほとんどいないけど、
ここの店主の、時計職人としての腕を信じて、
修理はここ、と決めていた人が、大勢いたのでしょう。
そんな人たちに支えられていた店なのだと、初めて知りました。

壊れた時計は、もうこのまま修理されないのだろうか。
ちょっと気になりました。

阿佐ヶ谷に住むようになってから3年になります。
パールセンターはそこそこ有名な商店街ですが、
この3年の間に、ずいぶん店がなくなりました。

高齢者がやっている店が多いのですが、
その人たちが病気になったり、亡くなったりしたら、
店は誰にも引き継がれず、そのまま閉店することも多いようです。

それは時代の変化だから、仕方ないのだとは思います。
その変化を、けっこう目の当たりにしています。

張り紙に書かれた丁寧な挨拶文には、
店主の、素朴で、ひたむきな人柄がにじんでいました。
時間の流れには、だれも逆らうことはできないのだと思います。

その張り紙を読んで、ぼくも考えたことがあります。

それは、シアターノーチラスのことです。




ここ数か月、ずっと考えてきたこと、
それをきちんと言葉にして書き残しておきたい。

それは誰にとっても、さして重要ではない、
ただ、ひとつの無名な劇団の、無名な主宰の、
小さな小さな独白の言葉です。

とくに書かなくても誰も困らない、
書いたところで、あっけなくスルーされそうな言葉です。

それでも、きちんと言葉にして、文字にして、
残しておきたいと思います。

次のブログで、それを書こうと思います。
もう少し、頭の中を整理して。
というわけで、小さなブログの、小さな予告編です。

時計店のこと、とても寂しい気持ちです。






アンハッピーエンドについての言い訳、てこともないけど

夜中に目が覚めて眠れなくなったので、
昨夜借りたポランスキー監督『チャイナタウン』を観てました。
終わったのが4時頃で、それから寝てないので、すこぶる眠い。

無名だったジャック・ニコルソンを一躍スターにしたという作品で、
『カッコーの巣の上で』や『さらば冬のかもめ』の彼もグッとくるのだけど、
『チャイナタウン』の不良探偵のニコルソンは、リアルでカッコいい。

原作は無くて、映画のためのオリジナル脚本だそうですが、
ロス・マクドナルドっぽい正統派ハードボイルド(チャンドラー風ではなくて)。
舞台は1937年のロサンゼルスで、ダム建設をめぐる利権争いと、
影の実力者一族の暗部がからむ、みたいなストーリー。
このお話、本当によく出来てます。練りに練った、という感じ。

で、さっき、この映画のことをネットで調べてて知ったのですが、
当初の脚本では、最後はハッピーエンドだったらしい。

実際の映画は、ハッピーエンドとは程遠い、救いの無い結末。
いや、このラストシーンが見たくて、このDVDを借りてきたのです。
詳しくは書きませんが、本当に味わい深い結末です。

第1稿のハッピーエンドを読んで、監督は激怒したとか。
まあ、確かに、みんな丸くおさまるハッピーエンドのハードボイルドなんて、
あまり聞いたことがない。書き直して正解だったと思います。

もしもハッピーエンドだったら、この映画は、どう評価されたのだろう。
ぼくはハッピーエンドの『チャイナタウン』なんて観たくないですけど。

今までたくさんの芝居を書いてきましたが、ぼくもやはり
ハッピーエンドが嫌いで、アンハッピーな終わり方ばかり。
脚本を書いてるときに、つい思わずハッピーエンドになることもありますが、
当然ながら、書き直します。

ときどき、ぼくの芝居の終わり方がアンハッピーだから嫌いだという人がいます。
もう2度と観ない、と。最近、気がついたことですが、世の中には、
「芝居に限らず、あらゆる物語は、ハッピーエンドであるべきだ」
という人も大勢いるようです。それはとても意外で、ちょっとした驚きでした。

べつにそれが悪いとは思わないし、そういう考え方もありだと思います。
「物語」というものに何を求めるか? それは人それぞれです。

あと、これも最近思うのですが、
ハッピーエンドばかり書く人が必ずしも、楽天的で前向きな性格な人ではないし、
アンハッピーな結末ばかり書くからといって、悲観的な厭世家というわけでもない。

物語をどう終わらせるかは、あくまでもその物語の中の問題であり、
極端な言い方をすれば、どうにでもできることです。
『チャイナタウン』に複数の結末があったように。

「今村の書くものは、どれも暗い終わり方だ」と言う人には、いつも笑って、
「当たり前だろ、それが人生ってもんだ」と脅すことにしてますが、
実際には、必ずしもそうとは限らないということも知っているつもりです。

ただ、思うのは、
アンハッピーな終わり方のほうが、いろいろな受け止め方ができるのでは?
ということ。いろんな解釈ができるし、いろんな機微を感じることができる。

その点、ハッピーエンドは、受け止め方がむしろ狭くなる、限定される、
そんな気がします。だからハッピーエンドを避けるのでしょう。

「幸せの形はひとつしかないが、不幸せにはいろいろな形がある」
そう書いたのはトルストイですが、人間はおそらく、
不幸に出会ったときに、いろいろなことに思いを巡らせるのだと思います。

なんか、いつの間にか、ぼくがハッピーエンドを書かない言い訳をしてますね。
なんでかな。言い訳ってこともないけど。

まあ、もっと単純な言い方をすれば、
アンハッピーエンドな物語のほうが単純に面白い。そこに尽きる(笑)。

いや、話は『チャイナタウン』です。
これ、オールタイムベスト10に選ばれることもあるくらいの名作です。
とくに結末は、珠玉のエンディングです。
真夜中にひとりで観るのに、もってこいです。おすすめ。







こういうのを「悪くない1日」というのだ、きっと

裏の路地を歩いていると、
一歩一歩小刻みに、ゆっくり歩くおじいさんが、
先生に連れられた保育園児のグループとすれ違う。
園児たちも、一歩一歩小刻みに、ゆっくり歩いてる。

そっくりの歩き方、そっくりの歩調。
年をとるというのは子供に還ることだというけれど、
それは、こういうことなのかなとも思います。

最近、モンプチをあげる野良猫が1匹増えました。黒猫です。
昔、ビタミンという名前の黒猫を飼っていたことがあります。
黒猫ビタミンはとても利口な猫で、ほぼ1日中、外にいたのですが、
外でバッタリ出会ったとき、ぼくが「ビタミン!」と呼んで走ると、
一緒にビュンビュン走ってくれました。犬みたいな猫。

ビタミンは本当にいいヤツだったので、
黒い野良猫がぼくの手からモンプチを食べてくれたときは嬉しかった。
野良猫ソワレのごはんタイムのときは、黒猫の分も持参しています。

さて、公演が終わると、いつものことですが、
ほとんど誰とも口をきかなくなります。
2か月間、ほぼ毎日だれかと会って会話していたのが、急にパッタリ。

以前は、急に孤独の中に放り出されたようですごくイヤだった。
誰かと会って話をしたくてたまらないと思ってた。寂しかった。
でも最近は、あまりそうは思わなくなりました。孤独に慣れた?
ひとりで静かに時間を過ごすことも悪くない。
そう思ってる自分がいます。

「地球上に残された最後のひとり」になった気分で、
「もしも本当にそうなったら、自分は何をするだろう?」などと想像します。
他にだれかいないか、あてのない旅に出るのか。
それとも、ひとりで死ぬのを待つのか。どっちだろう。

ジョルジュ・ムスタキ『私の孤独』というシャンソンがあります。
私は私の孤独と、あまりにも長い時間一緒に過ごしたから、
私は孤独ではなくなった、なぜなら、いつも孤独が一緒にいるから。
みたいな歌詞です。

孤独が寂しいのなら、孤独を友達にすればいい。
孤独が友達ならば、もう孤独でいても寂しくはない。
ああ、なるほど。ぼくの孤独。

今年の5月に病気で亡くなった妹は、
結婚せず、ずっとひとり暮らしでした。
その妹の生きた時間のことを、最近よく考えます。

生きる、というのは、ある意味では、孤独との付き合い方、
なのかもしれません。ある意味では、ですが。

いずれにしても、悪くない1日です。








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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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