2017-08

いつも片隅にいた

NHKが「トットチャンネル」をまとめて再放送したのを録画して、
眠れない夜なんかに少しずつ見ています。

有名人を演じる俳優さんがよく似ていたり似てなかったり。
確かに中村獅童は渥美清と同じ系統の顔だねえと納得したり。
永六輔はちょっと無理があるなあと思ったり。
ほんの一瞬「ステージ101」の収録風景が出てきて喜んだり。
まあ、いろいろあるわけですが、
そんな中に「あ」と思う場面がありました。

黒柳徹子などの「テレビ俳優」たちが集まる中華料理店の片隅の席で、
いつも原稿用紙にペンを走らせている女性がいる、
若い頃の向田邦子です。演じてるのはミムラ。

とても面白い短編小説を書く向田邦子の駆け出し時代の姿を見て、
おこがましいけど、自分の20代の頃を思い出しました。
出版業界に入ったばかりの20代の日々、駆け出しのライターだった僕は、
いつも新宿の某喫茶店で原稿を書いていました。
その頃のことが懐かしくよみがえります。

今はもう存在しないその大きな喫茶店に行くと、
いつも必ずライター仲間が何人かいて、原稿を書いていました。
ワープロが出現するかしないかくらいの時期、
出版社のネームの入った原稿用紙のマス目をひとつずつ埋めていくのが、
僕たちの仕事でした。まさに、向田邦子のように。

ほかのライター仲間の仕事を気にしながら自分の仕事を進める、
コーヒーを何杯もお代わりしながら。それはとても地道な作業でした。
いろんな雑誌に雑文を書いたり、映画やビデオについて書くのが、
僕たちのおもな仕事でした。

そんな仕事をしながら、ある仲間は映画の脚本家を目指し
ある仲間はテレビのシナリオライターを目指し、
そして僕は小説家を目指していました。
あの頃は、物書きを目指す人はみんな喫茶店で原稿を書いていた、
そんな気がします。いや、まあ、それは言い過ぎだけど。

夢を実現したやつもいます、今どこで何してるかわからないやつもいます。
ぼくはそんな中でライター仕事をけっこう長くやったほうじゃないかな。
今でも原稿仕事を細々と続けているし。

今思うとちょっと不思議なのだけど、
ぼくの原稿は案外と読者へのサービス精神にあふれていました。
読みやすく、「人のいい原稿だ」と言われました。
知らない人から「あなたの原稿、いつも楽しみに読んでます」とよく言われたし、
信じられない話ですが、何年か後に出会った若いライターに、
「今村さんのような文章の書けるライターになりたいと思っていました」
と言われたこともあります。奇特な人もいるものです。

でも確かに僕は、いつも読む人が楽しめて面白がる文章を書きたい、
そう思っていました。原稿は読者のためのものだと信じていました。

よく考えてみれば、それは今もどこかに生き続けている気がします。
芝居の脚本を書くときも、いや、芝居そのものを作るとき、
「それはあくまでも観客ものだ」と信じています。
観客を幸福にしなければ芝居を作る意味はない。
その思いは、今に始まったのではなく、
ライターを始めた頃からずっと体にしみついている精神です。

観客の視線を忘れてはならない、
観客に満足して帰って欲しい、
それが僕の芝居の原点かも知れません。

「トットチャンネル」の向田邦子の姿を見ながら、
「書くことは、自分のためではなく、人のためにやる行為なんだ」と
あらためて思ったりしました。

まだ若くして飛行機事故で亡くなった向田邦子の小説は、
たまに読み返します。不思議な視点を持った小説です。
ああ、ここにもサービス精神があふれてる、と思います。

そして、飛躍するようですが、
ぼくはこれからも、観客のために芝居を作ろうと
ひそかに思ったりするのです。








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いつ、わかるんだろう。

今日は仕事休み。シフトというやつです。
シフトに従って仕事するのは生まれて初めての経験。
役者さんたちから、しょっちゅう、
「シフト出さなきゃならないから稽古日程を早く決めてください」
と言われるけど、あー、このことか。最近ようやく理解しました。

昨夜は珍しく残業、すっかり暗くなってビルを出ると、
ストリートミュージシャンが歌ってるのを聞きながら駅へ。
スーツで出勤するのも初めて(クールビズでネクタイしてないけど)だし、
サラリーマンと押し合いながら食べる立ち食いソバの昼食も初めて。

以前のぼくなら絶対に否定していた生活を、今しています。
ネクタイや満員電車が嫌で出版業界に入ったのに、今は巡りめぐって、この生活。
まあ、悪くはない、これはこれで楽しいかもね。
ようやくそう思えるようになってきました。

それでもやっぱり原稿仕事がやりたいから、営業はします。
しかし、なかなか思うようにいかない。出版不況は続く。
というか、出版というビジネスの在り方がすっかり変化し、定着した。
「次はどんなジャンルの原稿なんだろか?」と楽しみにしていた頃が懐かしい。

すっかり「サラリーマンのおやじ」みたい顔して電車に乗ってると、
ときどき、ふと思います。
この、当たり前の生活を繰り返していく中で、芝居って何なんだろう。
べつにこの生活はこの生活で、おとなしく黙ってやってりゃいいのだ。
しかし、それでもやっぱり芝居をやめたくない。
もしも芝居をやめたら、間違いなく自分が自分でいられなくなる。
その強迫観念のようなものは、一体、何なのだろう。

誰かに「やれ」と命令されたわけでもない、
べつに今すぐやめても誰も文句は言わない。
それはわかってるけど、でも、やめたくない。
この感情は、何なのだろう。

……なんて、10代か20代の若者が考えそうなことを、今さら考えてます。
電車に乗っていると、自分の体の中からスーッともうひとりの自分が抜け出て、
遠い上空から自分自身を眺めている。そんな感覚もあります。最近ずっと。

『孤独の観察』は、いつも以上に疲労困憊する芝居でした。
終わった後のズッシリした疲労感、今まで味わったことのないものでした。
内容のせいなのかな。すごい緊張の連続でした。稽古も本番も。
それだけに達成感は大きかったし、終わった安堵感もあります。

でも今日は、朝からまた次の公演のプロットを考えている。
タイトルもだいたい決まったし、中心になるアイデアも決めた。
こうやって、もう次に向かって動いてる。動かざるをえない、みたいな感覚。
もしも止まったら、パタンとそのまま動かなくなる。
それがわかってるから、手足を動かし、またもがく。

そんな自分を、遠い上空から見下ろしているもうひとりの自分。
「どうして?」という問いかけ。
その答えが、死ぬ瞬間でもいいから、わかったらいいな。
いつ死ぬんだろう。どこで、どうやって死ぬんだろう。

せめて真っ青な空の下か、
満天の星空の下なら、いいな。

なんてこと考えてる火曜日です。






孤独の観察

『孤独の観察』が終わりました。
劇場に足を運んでいただいたお客様、本当にありがとうございました。
そして、この脚本と2か月間格闘していただいた役者の皆さん、
公演を支えていただいたスタッフの皆さん、
あらためまして御礼申し上げます。
本当に本当にありがとうございました。

打ち上げが終わって深夜に帰宅し、シャワーを浴びる元気もなく、
ソファで眠り込んでしまい、さっきやっと汗を流しました。
ひとりで目を覚まし、あ、今日はもう劇場に行かないんだ、と思ったら、
なんだかひどく「孤独」を感じました。
今日からまた、この街で暮らすひとりの人間として日常生活が始まります。

九州の田舎で生まれ育ったぼくにとって、
東京は、孤独な人間の集積です。
これだけの人がひとつの場所に住んでいるのに、
それはあくまでも「小さなひとり」が集まった集合体でしかない。
その不思議な感覚は、東京に来て以来ずっと同じです。

今回の脚本には、そんな東京への思い、
「都会」というものへの不思議な感覚が反映されていると思います。

たとえば、すぐとなりの部屋で犯罪が行われていても、
それはどこか遠い場所で起こった出来事のよう。
すぐ隣を歩いてる人がいきなり殺されても、
どこか別の場所で起こった殺人のよう。

まあ、実際にはそこまで極端ではないでしょうけど、
なんだかそんな感覚があります。それがぼくにとっての「東京」です。

じつは脚本を書き始めた当初は『孤独の研究』というタイトルにしていました。
ある理由から『孤独の観察』になったのですが、
「観察」という言葉のほうが、「見る者」と「見られる者」との距離感があって、
しかも、冷静な目でじっと見つめている感じがして、
結果的にはよかったなと思います。

そんな『孤独の観察』は、2008年に起こった秋葉原の通り魔事件を、
ひとつのヒントにして書いた脚本です。
ネットでさんざん犯罪予告をしたにもかかわらず、
まわりに誰も本気で止める人がいなかったために、
犯人は暴走してしまい、あの悲劇が起こったとも言われます。
ネットの世界での人間同士の微妙な距離感は、
ぼくにとってそのまま、東京という大都会で暮らす人間の距離感と重なります。
それが今回の物語にうまく影を落としていればいいいなと思います。

少なからぬ人に「今までのノーチラスの中で一番救いのない話だ」と言われました。
「今までで一番わかりやすく見やすい話だ」とも言われました。
そのへんは、じつはあまり考えていなかったのですが、
ただ、「一番ありそうな結末、一番、現実味のある結末」にしよう、そう思ってました。
毎度のことながら、賛否両論ありますが、
「ノーチラスらしい芝居」だったと思います。

観ていただいた方の心の中に、
何か小さな小さなものでいいので、
残っていたらいいなと思います。

じつは今、エンディングで使った曲を聴いています。
一度は別の曲に変更したのですが、
役者さんたちの多くが「こちらの方がいい」と言った曲です。
だから、みんなのセレクトです。

大勢の皆さんに感謝の気持ちです。
本当に、ありがとうございました。

『孤独の観察』、これにて終演です。







ひそかな快楽

公演前はいつも激しく金欠です。
今の仕事先のすぐ近くにMARUZENがあるのですが、
昼休みに立ち寄ると、ミルハウザーとか好きな作家の新刊が並んでいたり、
白水社のブックフェアやってたりして、なんだか悲しくなります。
ケン・リュウの新刊をぼくはいつになったら読めるのか?

そんな中でゴールディングの『蠅の王』の新訳版が出てるのを発見。
この小説は、もしかしたらぼくが群像劇を書きたいと思うようになった、
そのきっかけのひとつではないかと思う小説です。

いわゆる「孤島に取り残された少年たち」をテーマにした物語で、
「十五少年漂流記」などの亜流ですが、
しかしそこには「十五少年」のような希望や明るさはなく、
かなり悲劇的でペシミスティックな物語。
しかしそれがリアルで、いかにも「ありそう」な小説です。

舞台にするのは難しそうですが、でも舞台にしたくなる。
孤島というのが、なんだか演劇的でいいなあ。
そういえば、昔々、劇団青い鳥がやった『一日の楽天』は、
海辺の一日を描いたとても美しい芝居でしたが、
舞台上に砂が敷き詰められ、砂浜を作っていました。
まだ伊沢磨紀さんがいた頃の青い鳥です。

あんな感じで島のセットを作り、『蠅の王』を芝居にしたら、
ああ、面白いだろうなあ、などとMARUZENの店先で妄想する…

妄想世界で好きな小説を芝居にするのは、ひそかな快楽です。
僕の母親は病気で死ぬ前に病院のベッドで毎日、
大好きな井上靖の小説を映画化するという妄想に浸り、
それを僕に話してくれました。
『蒼き狼』や『しろばんば』を映画の場面に置き換えて面白がっていたけど、
その気持ちよくわかります。
僕もやっぱりお気に入りの小説は舞台化したくなる。頭の中で。

あ、話はまったく飛びますが、蜷川幸雄が亡くなって、
村上龍の『コインロッカーベイビーズ』を蜷川演出で舞台化するという企画も、
なくなってしまったんだなあ、残念だなあ、見たかったなあ。

さて、『孤独の観察』です。
やっと芝居の全体像が見えてきて、
残りの稽古がますます楽しみになってきました。
演劇的に今までのノーチラスがやらなかったことをいろいろやってます。

なんか新しい地平線が見えてくるような、
そんな公演になるといいな、そう思ってます。

孤独の観察、というタイトルの意味も……
それは、ぜひ、劇場で確かめてください。
チケットはお早目に。初日は7月12日です。







神様にこうべを垂れる

スマホを機種変して以来、いろいろな事務手続き上のメールが来る。
どうでもいいような内容だけど、さも重要そうに書かれていて、
なんかすごく面倒くさい。きっと一切無視しても何も困らないのだけど、
いちいち確認してしまうのは、きっと「スマホという病」なんだろうな。

子供の頃には、ネットという世界はありませんでした。
SF小説の中にも登場しなかった。
たとえば火星にはタコのような火星人がいるとか、
海底には人類の知らない世界が築かれているとか、
そういうのは描かれていました。
そしてそれらは、科学が進めば真実かどうかが判明する空想の物語。
空想と科学とは、根っこのところがつながっているもの、
それが大前提だということを子供心に知っていた気がします。

ところが、ネットというものは誰も想像しなかった。
いや、「未来世界では個人がコンピュータを所有する」
みたいなSFはいくらでも存在した。
しかしネットという「もうひとつの現実世界」の出現は、
おそらく誰も予想しなかったのではないかと思うのです。

いや、フィリップ・K・ディックやギブスンのSFには
それらしきものが描かれているのかもしれない。
しかし、ネットという仮想現実が人間の生活や精神に、
どんな影響を及ぼすかを想像した人は、もしかしたら、
ほとんどいなかったのではないかな。

TwitterやFacebookや、ぼくの知らないアレやコレやが、
人間の在り方にどんな影を落としているのか、
今、まさにぼくたちは、試されようとしている気がします。
少なくともネットだけは、人間の想像力を追い越してしまったような……

朝、満員電車に乗って仕事に行きます。
ビッシリとすし詰め状態の電車の中でも、
多くの人がうつむいてスマホを見ている。
その光景は、なんだか不思議です。
まるで宗教のよう。神に向かってこうべを垂れる信者のよう。

……などということを考えながら『孤独の観察』の稽古しています。

初日は7月12日。
あ、もう1か月切ったんですね。




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