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2019-09

これから暴風雨になるなんて本当だろうか?

今日は起きるのが遅かった。深夜まで映画を観てたから。
とても良い映画で、期待以上で、なんかすっかり満足して、
その映画のことをネットでいろいろ調べていたら、
世の中にはその映画のことを駄作だの観る価値ナシだのと言ってるヤツが
意外とたくさんいることを知り、このバカどもめがと思いながら眠った。

いつもより起きるのが遅いと気分がなかなかシャキッとせず、
朝からソファに寝転がって、ある小説を読んでいたのだけど、
最初の15ページくらいですごくつまらなくなって、
あとは惰性で斜め読みしていたら、どんどんズルズルと面白くなくなっていく。

こういうときどうすればいいのだろう。読むのをやめるか。
しかし、今やめてしまえば熱心に読んでいた最初の時間が無駄になる。
なんかそれもシャクだな。最後まで頑張って読むか。

そう思ったけど、心は正直。面白くない小説は、どうやっても面白くない。
この作家の、前に読んだ小説はむちゃくちゃ面白かったのになあ。

夏の初めに『罪と罰』を読み、それをきっかけにして、
今年の後半はドストエフスキーの4大長編を読破するという目標をたてた。

4大長編のうち、『白痴』以外の3つは学生時代に読んだ。
中でも『悪霊』がすごく印象的だった。

で、先週から『悪霊』を読んでいるのですが、
最初の300ページ読んでも主人公のスタヴローギンが登場しない。
あれ、こんなんだっけ?と思いつつ、
300ページ過ぎたあたりから、ようやく「本題」が始まったという感じ。
まあ、いいか、まだ9月だ。絶対に目標達成するぞ。

いや、「4大長編を読んだからって、それがどうした」っていうのはある。
べつに無理して頑張ってヒーヒー読むことはない。
他にも面白い小説たくさんあるし。
今さらロシア人の名前と格闘しながら苦労して読まなくてもねえ。

でも今年はいろいろ長いの読んでるし、こういう年が1年くらいあってもいい。
長編を読む1年。

とはいえ、途中でいろんな小説に寄り道するからなかなか進みません。
それが問題。

ところで、久しぶりに脚本をいくつか書いていて、
といっても、どれも短編なのだけど、
前々から頭の中にあったアイデアを、今になって文字にしています。
思いついた以上は、外の世界に出してやらにゃあと思いまして。

書き始めると、これは誰々にやって欲しい役だとか、
この場面のセットはこういうのがいいとか、
この役の衣装は絶対にこういうのにしようとか、
あれこれ考える。

上演するアテのない脚本だけど、だからかえって自由に思いが広がる。

今まで、どうしてそういう気持ちで書いてこなかったのだろう、
なんて今さら思い返してみたりもする。

自由になるのは、難しい。
人間は、無器用。

あ、冒頭に書いた、昨夜の映画は『シェイプ・オブ・ウォーター』です。








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ちょっと気になる舞台化の話です

朝、野良猫マチネにごはんをあげる。食べ終わると出ていく。
名前を呼ぶとこちらを振り返って、じっと見ている。

目が合っている間、ああ、言葉が通じたらいいのになあ、という気持ちと、
言葉がなくてもこうやって何かが通じ合ってるなあ、という気持ちと、
ふたつの気持ちが同時に浮かぶ。

早朝6時からEテレではフランス語講座とか中国語講座とかやってるけど、
「ねこ語講座」もやってほしい。

「おはようございます、ねこ語講座の時間です。
今日教えてくださるのは、こちら、ミケ先生です」
「にゃーお」とかね。

ちなみに、新しく知り合った猫、
必ず頭を撫でさせてくれるその猫の名前は、「キーマ」としました。
色がキーマカレーみたいだから。

いや、キーマカレーにもいろんな色があるんじゃないの?
というクレームは受け付けません。

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』が
イスラエル人の演出家により舞台になるそうな。

蜷川幸雄が演出した『海辺のカフカ』は観なかったので、
『ねじまき鳥クロニクル』は頑張って観にいこうか。

でもあの小説を舞台にするって……井戸の場面はどうする?
中国大陸の戦場の場面は? あれかなり大切なところだよね。
などといろいろ空想が広がります。

今年の初めに観た『罪と罰』はまったく想像以上の舞台設定で、
ものの見事に『罪と罰』の世界を再現していました。
そういうのがあると、ちょっと気になります、ねじまき鳥。

舞台『罪と罰』がとてもよかったので、先日、小説も再読。
再読といっても大学時代以来です。
大学時代に読んだ古くて黄ばんだ文庫本で読んだのですが、
当時もロシア人特有の似たような名前、覚えにくい名前に苦労したらしく、
名前に赤線が引いてあったり、メモしたりした痕跡が。
大学時代の自分の筆跡に出会いました。

いやあ、人間は進歩しませんな。

さて、今夜は何を食べようか。







良いニュースも悪いニュースもありますよね

村上春樹の小説の登場人物には、とくに男性登場人物には、
なぜいつも「どうせ時間はたっぷりある」のだろうか。
それに、何かのピンチに遭遇しても、
「やれやれ」と言うだけで、すっかり落ち着いている。

ドストエフスキーを読んだあとに村上春樹を読むと、
とても同じ惑星上の物語とは思えない。
まったく別の星の話だよね?

いや、べつに村上春樹をディスってるわけではありません。
ただの感想です。

そんな日々ですが、最近はこってりした長編ばかり読んでるので、
たまにはあっさりした短いのを読もうと思い、
ひさしぶりに夏目漱石の『二百十日』を一気読み。

これ、ふたりの友人が阿蘇の噴火口を見物に行く話で、
ずっと会話ばかりなのだけど、
宿の女中などがしゃべる熊本弁もうまく活写されていて、
なんか、面白くてくすぐったい。

この前、渡辺大介君が「日帰りで富士山登山してきた」
という話をしていたけど、あー、なんたるゼイタクな楽しみ、
ちょっとうらやましくなりました。
ぼくも気の合う人と一緒に山歩きでもしてみたい気分。

自発的引きこもり生活をしていますが、そんな日々でも、
良いニュース・悪いニュース、いろいろやってきます。
良いニュースだとばかり思って喜んでいたら、
じつは悪いニュースの前兆だったなんてこともあるし、
その逆もある。だから、そう簡単に喜んだり失望したりしない。

付き合いのある某出版社が移転したという知らせは、
果たして、どうなのだろう。きっと良い方向につながる。それを祈る。

今日はある本を探しに、中野までブラブラ散歩。
ニュースを見ていたら、中野の警察病院から逃げ出した悪者が、
どこかで発見されて中野に連れ戻されたとか。
へえ、そんなことあったんだ。
でも、中野はいつもどおり平和でしたよ。





(上)(中)(下)の(上)で出会った人が

顔見知りの猫が増えて、ただしいつも散歩してる道とは違うので、
その猫に会うためには遠回りをしなきゃならないのだが、
100%頭を撫でさせてくれるので、散歩の距離が伸びた。
良いことです。

最近、体重が減って、この前みんなで飲んだときに、
「あれ、今村さん、すこし痩せた?」と言われるんじゃないかとドキドキしてたが、
だーれも言ってくれなかったなー。
でも、なんか自分では体が軽くなった気分。散歩のおかげかな。

さて、この二か月くらい、あえて長い小説を選んで読んでます。
前・後とか、上・中・下とか、そういうの。
面白い小説だと、もっともっと続いてくれ、と思ったりもするのですが、
(前)の最初のほうにちょろっと出てきた登場人物が、
(後)の最後に出てくるなんてことになると、
「これ誰だっけ?」とぼんやり考え込んでしまう。

ロシア文学なんて長い上に登場人物の名前が似てるし、
しかも同じ人物なのに苗字で読んだり名前で呼んだりあだ名で呼んだりして、
「きみだれ?」てことが多い。
仕方ないから、登場人物関係図をネットで検索してスマホに保存してます。

ぼく自身は、人生の(上)(中)(下)でいえば、
まあ、(中)から(下)に移ろうかというあたり、そう自分では思ってますが、
人生の(上)のほうで出会った人で、その後まったく縁の無かった人が、
今になっていきなり再登場することがあります。

小学校や中学校時代の友人からいきなり同窓会の連絡がきたり、
最近の写真が送られてきて、それはそれでとてもうれしいのだけど、
正直、「だれだっけ?」ということも少なくない。

今まで、一体、何人くらいの人と知り合ったのだろう。
そう考え始めると、ちょっと不思議な気分。
人間は一生のうちに、どれくらいの人と知り合うのだろうか。

もちろん、これから知り合う人もいるはず。
今はまだ赤の他人だけど、何年かしたら親友、なんて人もいるんだろうな。
そう思って世間を眺めると、なんか楽しい。

ところで余談ですが、たとえば中学時代の友人から久しぶりに連絡がきたとき、
かつてはあだ名で呼んでいたのに、
この年齢になってあだ名っていうのもなあ…と思って本名で呼んでみるのって、
なんか恥ずかしくないですか?

まあ、それがふつうなのかもしれないけど、
「この人のことをちゃんと名前で呼ぶのは初めてだな」と思って、
なんか緊張する、あー、これがおとなってことなんですかね。

これからも大勢の人たちと知り合いますように。






ひさしぶりに濃厚な時間、ノーチラスの時間

久しぶりに電車に乗って久しぶりの新宿で久しぶりに居酒屋に入る。
昨日はいつもと違う夜でした。

ノーチラスの常連ともいうべき役者さんたちと飲み会。
みんなの「今現在」をいろいろ聞けて、とても良い時間でした。
蜃気楼のように一瞬だけ姿を見せて消えた高島君も含めて。

一緒にいろんな苦労をした人たちとこうやって再会できるのは、
本当にありがたいことです。
稽古のあとの居酒屋を思い出しました。

すこし演劇と距離を置き、芝居やってた自分を冷静に眺めて、
あれこれ考えたり、何も考えなかったりの日々が続いていますが、
久しぶりに集まると、濃厚だった時間がよみがえります。

ボヤッとしていて、何と名づければいいのかわからなかったこの数か月に、
ようやく、意味が見い出せたような気もしました。

なんか、とても元気が出た。

このままずっと前向きにやっていけたらいいなと思います。

半年後、1年後、10年後、何をやってるだろう。
みんなも。自分自身も。

ひとり帰る電車の中で、知らない人たちを見ながら、
本番中のことを思い出しました。

上演を終えて、劇場をあとにして、ひとりで電車で帰る。
知らない人たちの、ふつうの日常生活を見回しながら、
「あなたたちは誰も知らないでしょうけど、
ぼくは今、演劇というステキな時間を過ごして帰るところなんです」
と声に出して言いたくなる、あの不思議な感情。

あれは一体、何だったのだろう。

そして昨夜の帰り道にも、同じようなことを考えていました。

さて、シアターノーチラスのこれからは、どうなるのか。
それは誰にもわかりません。

藤岡君からの提案で、今夜は何か料理しようか。
いや、何もできないんだよな。
そう、ぼくは料理できないんだということを、コロッと忘れていたよ。











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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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