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2023-04

「偶然」と「偶然ではない」の境界線。

昨日は友達に用事があってLINEでやりとりしていたのだけど、
僕は新宿で買い物があったのでLINEしながら電車に乗った。
すると途中で、その友達も用事で新宿に向かっていることが判明。

つまり、LINEをしていたふたりの人間が、
お互いに申し合わせたわけでもないのに、
それぞれが新宿に向かう電車に乗っていたのです。
なんたる偶然。

どうやら新宿に到着する時間も同じくらいのようだし、
お互いに用事が済む時間も同じくらいなので、
せっかくだから会ってコーヒーでも飲もうということに。

それで、都庁の前で待ち合わせたのだけど、
お互いにLINEで「今、都庁前にいる」と主張しているのに、
相手の姿を発見することができない。

何度もやりとりした結果わかったのは、
相手が主張する「都庁前」と、僕が主張する「都庁前」とは、
まったく逆だった。都庁をはさんで正反対の場所で待っていたのです。
ここでは偶然は起こらなかった。

いや、これはこれで偶然とも言えるのかな。
ふたりの人間が「都庁前」という言葉を真逆に解釈していたという偶然。
うーん、「偶然」て何なんだろうな。

もう20年以上も前の出来事なのに、
新宿に行くたびに思い出す偶然の出来事があります。

その頃は携帯電話が普及してはいたけど、まだ公衆電話も置かれている時代、
たまたま携帯電話の電池が切れていた僕は、
新宿西口の地下で公衆電話を使って仕事の電話をしようとした。

公衆電話の横にはメモ帳が置かれていて、誰でも使えるようになっている。
前の人がメモした文字が残っているなあ…と思いながら電話をしつつ、
なにげなくその文字を読んでいたら、
自分が知っている会社や人の名前、仕事に関する固有名詞が並んでいる。

え?と思って、そのメモ用紙を破りとり、
後日、その会社に行ったとき某編集者にそれを見せると、
「あ、それ、僕が書いたメモ……どうして持ってるんですか?!」

おそらく、その人が使った公衆電話を、その直後に僕が使ったのでしょう。
新宿には公衆電話なんていくらでもある時代なのに、
そんな偶然があるのだと、すごく驚いた。

滅多にないことだから、人はそれを「偶然」と言うけれど、
じつは、案外、偶然でも何でもないのだろうか。
誰もが「すごい偶然!」と思ってることも、
じつは、確率的には、それほど偶然でもないのかな。

「偶然」と「偶然ではないこと」の境界線は、どこにあるのだろう。
たとえばそれは数学的に説明できることなのだろうか?

同じ誕生日の人と出会う確率は、0・3%なのだそうです。
これは単純に365日のうちの1日が一致するということだから、
1÷365=0・3% ということになる。

0・3%の確率の人と出会うのは、「偶然」と言っていいのか?
たとえば数学的には「偶然」ととらえられても、
人間の感覚としては「偶然」とは思えないということもあるだろうし。

社員数が365人くらいの企業に勤めていれば、
数学的には、その会社に同じ誕生日の人がひとりはいることになる。
もしも同じ部署の飲み会でそれが判明したら、
「すごい偶然だね!」ということで盛り上がりそうな気がします。

でも、ふだんは1階と10階で働いていてお互いに顔も知らない同士が、
たまたま会社設立記念パーティーかなんかで同じ会場で飲んでいて、
それで、ほぼ初対面として会話したときに同じ誕生日だと判明しても、
あまり感動しないような気がする。
「まあ、そんなこともあるよね」としか思わないのではないか?

「同じ誕生日の人が出会う確率は、たった0・3%なんですよ!!」
「……はあ、そうなんですか、へえ、なるほどね」
そんな会話で終わるんじゃないかな。

数学的には同じ現象でも、
「偶然」と思ったり、「偶然」とは思わなかったり。
やはり状況によって、その受け止め方は違うんだろうな。

恋人や配偶者との出会いは、
なんとなく「すごい偶然」と思いたい心理があるような気がします。

世界に約80億人の人間がいる、その中で出会ったひとり。
すごい偶然であなたに出会った。そう思ったほうが劇的だし、
そのほうが、ありがたみや幸福感も増すだろうし。

レミオロメンの『粉雪』の歌詞の中に、
「それでも1億人からきみを見つけたよ
根拠はないけど本気で思ってるんだ」
という一節があって、なかなか感動的だけど、
でも、みんなどこかでそう思ってる。思いたがってる。

でも、それが偶然かどうかを数学的に考えるとどうなんだろう。
ケースバイケース、すごい偶然もあれば、そうでもない場合もあるのだろう。

もうずっと前の話ですが、
ある飲み会で友人が女友達を連れてきて一緒に飲んだことがあります。
ただ、その女性とはお互いに名前も連絡先も交換することなく、
その場だけ盛り上がった相手としてしか認識しなかった。
もう2度と会うこともないと思っていた。

ところが、それから1週間後に電車の中で偶然再会して、
そのとき初めて名前と連絡先を交換、
結局、その人と付き合うことになった。

これなんかは、まさに偶然といえるのではないかな。
一緒に飲んだけど名前も知らないままで別れた相手と、
その1週間後に電車の中で偶然に出会う確率。

これは数学的に割り出すことができるのだろうか?
数学者にぜひ計算してほしいです。

さて、今日はどんな偶然が起こるのだろう。
そんなことを想いながら、1日が始まります。












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いつも「YES」が見えてる。

ロアルド・ダールやイアン・フレミングに続いてクリスティの作品についても、
人種差別的な表現などを修正されるというニュース。

「黒人の使用人」や「ジプシータイプ」といった言葉は、
当たり障りのない別の表現に書き換えられるらしい。

この動きはこれからも広がっていくのだろうか。
でも小説だけでなく映画や演劇など全部についてそれをやろうとしたら、
もう膨大な数になるだろうし本当にキリがないだろう。

古い映画を観ると、冒頭に、
「この作品には現在では不適切な表現がありますが、
作品のオリジナリティを尊重してそのままにしてあります」
みたいな字幕が出ることがある。あれじゃダメなのかな。

先日もこのブログに書いた舞台アーノルド・ウェスカー作の『キッチン』には、
「きちがい」という言葉が何度も出てくる。
演劇はそういうのが多い。放送禁止用語が出てくることも珍しくない。
演劇はその場限りのものだから「言ったもん勝ち」みたいな感じなのかな。

僕みたいな名も無きライターが書く文章でも、
たとえば「頭がおかしくなりそう」と書くと編集者から修正が入る。
もちろん素直に手直しする。そういうことは珍しくない。

人間のイラストで手の指が5本でなくて4本に見えるように書いてしまうと、
それは大問題になって必ず修正するように言われるらしい。

いろんなものが差別や蔑視につながるとされて修正されていく。
もちろん、今から新たに創られるものについてはその配慮は必要だけど、
過去の作品についてはどうなんだろう。
そのままでいい、むしろ修正しないほうがいいのではないか?とも思う。

どんな作品もそれが創られた時代背景や社会や世相もすべて「込み」で、
ひとつの作品として創造されたのだし、それも重要な要素なのだし。
それを後世の人間がいじっていいのだろうか?という素朴な疑問。

ひとつ始めたら、そのうち全部やらなきゃならなくなるだろうし、
この先すべての小説や映画や演劇などで、それをやるのだろうか。

なんだか大いなる欺瞞というか、ごまかしのような気もする。
これから初めてそれを読んだり観たりする世代への配慮もあるのだろうけど、
それこそ「かつてこんな時代もあったのだ」では駄目なのかな。

もしかして、「この世界には差別が存在した」という事実そのものを、
消し去ってしまうというのが究極の目的なのか?とも思ってしまう。

だいたい、差別のない世界が本当に実現するのかどうかもそもそも疑問、
それは理想の世界だけど実現は難しいだろう。
というか、正直あり得ないだろうとも思うし。
この「修正」の動きがこの先どうなるのか、気になります。

さてさて待ちに待った3月31日。
僕にとっては今日と明日では生活が少し変わります。

12月から書いていた応募作の締切りが今日なので、あとで郵便局へ行く。
毎日毎日少しずつ手直しして、人に読んでもらって、また手直しして、
それをずーっと繰り返してきて、やっと今日になった。

なぜこんなことを続けているのだろう?
あてのないことを諦めることなく飽きることなく続けて、
一体どうしようというのだろう?と何千回も何万回も考えるけど、
でも、やめる気にもならないから、だから続ける。
こういう生活、こういう人生なんだなと思う。

そしてそれを送ったら、今度は本格的に『水槽』の準備。
いや、もうずっと前から始めている。
部屋の中には、すでにいろんなものが置かれているし、
脚本とノートはいつも持ち歩いているし、メモも山ほど。
先日、世界堂でフィキサチーフ買ったのも、『水槽』のためだし。

これだってやはり「なぜこんなことを続けてるのだろう?」だ。
誰かに「やれ」と言われるわけでもなく、
自分でやりたいからやっている。

確かに、誰かに「生きろ」と言われるわけでもなく、
毎日当たり前のように生きてるのだし、
そう考えれば、すべては自分の意志、自分の気持ちなのだと思う。

1966年11月9日、ニューヨークでひとつの出会いがありました。
ある女性の個展が行われているギャラリーに、ある男が訪れる。

ギャラリーの真ん中には脚立が置かれていた。
男はその脚立に登った。
天井から虫眼鏡が吊るされている。
それを覗いて、天井に書かれた文字を読むという「作品」だったのだ。

脚立に登った男は、虫眼鏡を覗いてみた。
そこに書かれていたのは「YES」の文字だった。

それを見て男は、世界が自分を肯定していることを感じた。
……というのは僕の想像だけど、きっとそんな気持ちだったのかな。

男はジョン・レノン。女はオノ・ヨーコ。
ふたりが初めて出会ったとき、そこには「YES」の文字がありました。

僕には脚立もないし、虫眼鏡もないけど、
今は世界に「YES」と言われている気がしています。
今の自分がすべて肯定されている気分。

あてのないこと、どこかにたどり着く保証のないこと、
もしかしてすべて無駄に終わってしまうこと、
そんなことを毎日やってるけど、でも「YES」。
それでいいのだと世界が認めてくれている。
まあ、ただの思い込みですけど(笑)。

でも今まで生きてきた中で、今は最大の「思い込み」の中にいると思う。
妄想といっていいかもしれません。

応募作書いて、芝居して、ライター仕事やって、警備員のバイトして、
そのどれもが「YES」。ありがとう世界。

だから今日が3月31日であることに感謝するし、
明日が4月1日であることに幸せを感じます。

さよなら3月、ようこそ4月。
さよなら三角、またきて四角。

YES




あり得たかも知れない地図、あり得たかも知れない人生。

先週、中目黒に行ったことを書きましたが、
『水槽』の稽古が始まると目黒方面に行くことが多くなり、
安藤忠雄さんが設計した渋谷駅を利用することも増えるはず。

新しい渋谷駅には今だに慣れないけど、
新しい迷宮も、そのうち全体像を把握できるのだろうか。
いや、いつまでも把握できなくて迷いまくるのも楽しそうだけど。

この階段はどこに通じるのだろう?とドキドキしながら地上に出ると、
地上の風景もすっかり変わっている。
東急東横店がないので、以前は空じゃなかったところが空になってて、
まったく別の街にいるような気分。

というか、地上も地下も僕らが学生だった頃とは全然変わっていて、
本当にまったく別の街になってしまいました。

そう言えば数日前に、
「幻の環6地下鉄計画」のことがニュースになっていました。
今の環状6号線の地下に、地下鉄を作る計画があったそうです。
その案が浮上したのは昭和47年。

山手線の内側を中心に繁栄していた都市部の範囲を、
さらに広げようというような意図があったらしく、
品川から渋谷を経由して板橋に向かう路線が考えられていた。

環6地下鉄だけでなく、さらには、
環6か環7か環8沿いにモノレールを作る案もあったそう。

結果的にそれらの構想は立ち消えになったそうですが、
でも今は副都心線があるのだから、
構想としては生きていたということになるのかな。

おそらく他にもいろんな計画が持ち上がっては消えていった。
たとえば山手線の外側に、第二山手線を作って、
そこに急行を走らせる計画なんていうのもあったそうです。

そのルートは、大井町から自由が丘、中野、北千住から洲崎へ。
これが実現したら、かなり便利で魅力的だったんじゃないかな。

山手線はひとつの「壁」のような存在だったらしく、
山手線を超えて内側まで入り込もうとした私鉄の路線計画も無数にあったとかで、
たとえば池上線には、五反田を超えて白金まで延長させる、
「池上電機鉄道白金線」なんていう計画があったらしい。

ただし、山手線の壁を超えようとした計画の多くは、
いろいろな利害関係によって消滅したそうですが。

こんな感じで、計画だけで消えていった路線は、
東京周辺だけでも、じつは1000以上もあったそうです。

僕は鉄道マニアではないから全然詳しくないのですが、
鉄道好きの人の中には幻の路線に詳しい人もいるだろうから、
ぜひ、それを全部まとめて、ひとつの地図にしてほしい。

幻の鉄道路線図をぜひ見てみたいものです。

鉄道だけではなくて、道路にも幻の計画はあります。
たとえば、山際淳司さんの『リングロード9』という小説がありますが、
環状9号線の計画も実際にあった。
多分、環状10号線以上の構想も、当然あったのだと思います。

環状といえば、国道16号線という道路があります。
以前、2年間だけ千葉県の流山市に住んでいた頃はよく走りました。

この道は、神奈川、埼玉、千葉を結ぶ国道で、
地図で見ると、1度も東京に入ることなく、
まさに東京を遠巻きにしているような感じ。

松任谷由実の『哀しみのルート16』という曲があります。
国道16号線沿いには独特の文化圏というか空気感があって、
都会に背中を向けた、ちょっと拗ねた感じがけっして悪くない。

環状道路には、そのルートごとに独特の雰囲気があります。
環6と環7と環8も、なんとなく違うイメージ。

環6は山手通りというくらいでちょっと気取った感じがするけど、
環7はもっと庶民的で気軽な道。環8はいつも渋滞で雑然としてる。
いや、これは僕の勝手な印象です、何の根拠も無いですけど。

道路にも計画だけで立ち消えになったルートがたくさんあるだろうから、
それも全部見てみたい。

幻の鉄道路線、幻の道路、あり得たかも知れない、もうひとつの東京。
想像するだけで楽しい。わくわくする。

そういえば以前、NHKの『歴史探偵』で、
明治時代に東京を全部丸ごとヨーロッパ風の街に大改造するという、
途方もない計画があったというのをやってました。
もし実現していたら、今、どんな東京になっていたのだろう。

うちの近所の青梅街道も、以前は路面電車が走っていたらしい。
それが丸の内線の開通でなくなってしまったそう。

ふだん歩いたり電車で走ったりしているところにも、
もしかしたら幻の道路や鉄道があるのかもしれない。
山野浩一『X電車で行こう』のような世界。
全然違う街の風景が見えてくる。

ともかく誰か、幻の鉄道路線図と幻の道路地図を、
作ってくれませんか。お願いします。











生まれて初めて人間の裸体を見たとき。

昨日、電車に乗るために駅に向かっていたら、道で1万円札を拾った。
駅前に交番があるので、持っていっておまわりさんに手渡すと、
「書類に名前と住所を書いていってください」と言われた。

でも面倒だったので「ちょっと急ぐので、いいです」と答えた。
本当は急いでいたわけではない。全然余裕はあったのです。

すると、さらにおまわりさんがこう言った。
「でも、これ、多分落とした人は現れないだろうから、
3か月たったら、あなたのものになると思いますよ」

え? そうなの? それを先に言ってよ。
もう「急いでる」って言っちゃった。
今さら、じゃあ、名前と住所書きますなんて言ったら、
いかにも1万円ほしがってる人になってしまう。

発言の順番、もっと考えようよ。
「3か月たてばあなたのものになるから、名前と住所を書いてください」
最初にそう言ってくれれば、書いたはずなのに。
あー、なんてことだ。今さら発言を取り消せない。
僕は愕然としながら、そのまま電車に乗りましたよ。

いや、今までいろんな脚本を書いてきた身としては、
その一瞬のうちに頭をフル回転させていろんなセリフを考えました。

「確かに急いではいるけど、そういう決まりなら仕方ない。
善良なる一市民として警察に協力しますよ」
まあ、これが一番無難かな。

「落とした人が現れなければ、その1万円をどうするか警察も困りますよね。
それも気の毒だから、やっぱり住所と名前、書きますね」
これはちょっと恩着せがましいか。

「自分の名前と住所? あれ、何だっけ? うーん、思い出せないな。
あれ? なんで? 今ちょっとここで書いてみてもいいですか?」
これはよくないな。病院かなんかに連絡されそうだ。

でも結局、どれも言えなかった。
セリフを思いついても、演技力が伴うかどうか自信がなかったし。

去年は、交差点を渡ってる途中、車道で1000円札を拾ったことがありました。
すぐ近くに交番があったのでそれも届けたのだけど、
その時は名前と住所を書けとは言われず、警官は黙って受け取った。
1万円と1000円とでは、対応が違うのだろうか。
今度はいくら拾うのだろう。つい、路上を見ながら歩いてしまいます。

さて、ヤフーニュースに面白い記事がありました。
アメリカの小学校で子供たちにミケランジェロのダビデ像を見せたら、
保護者から「子供がポルノを見ることを強要された」と抗議され、
その学校の校長が辞職に追い込まれたそうです。

これは、たまたまニュースになったけど、
世界中で案外同じようなことは起こってるんじゃないかと思います。
じつは我が家でも似たようなことがありました。

中学時代に「絵が好きだから美大に進みたい」と言った僕のために、
母親が大判の世界美術全集を買い揃えてくれたことがあります。

ところが父親は母親に対して、
「女の裸の絵が載ってるようなものを子供に与えていいのか」
と言ったらしい。母親が笑いながら僕に教えてくれました。

確かに、アートとポルノの境界線はどこにあるのか?
という問題に答えるのは案外難しいし、
ときどき「これはアートか?ポルノか?」で揉める作品が話題になります。

僕も全然わかりません、説明しろと言われても無理なのですが、
ただ、こういう話題に触れると必ず思い出すことがあります。
僕が初めて人間の裸体を見たときのことです。

初めてヌードを直接見たのは東京に出てきて入学した美大系予備校です。
当然のことながら授業でヌードデッサンがありました。
アトリエの中央に置かれた台の上で全裸のモデルさんを描きます。

初めてのヌードデッサンの日の朝、19歳の僕は緊張していました。
女性ヌードを目の前にして絵なんか描いてられるだろうか、という不安。
なんかもう興奮してしまって、デッサンに集中できないかもしれない…

でも実際に始まってみると、そんな不安は一瞬でなくなり、
一生懸命にデッサンしている自分がいました。

それは、単純に、素直に、シンプルに、
人間の体は美しい、と思ったから。

アトリエの天窓から落ちてくる光の中に浮かび上がる裸体の美しさは、
今も不思議なくらい鮮明に覚えています。

それは、そのモデルさんが美しかったということではなく、
(いや、モデルさんも確かにきれいな人だったのですが)
もっと大きな意味で、人間の体というのは、なんて緻密なんだろう、
よく出来ているのだろう、精巧に作られているのだろう、そんな思い。

その学校では、女性モデルも男性モデルも何度か描きました。
そのたびにいつも「人間の体は美しい」と感心しました。

今でもすごく印象に残ってる男性モデルがいます。
その人は耳が不自由で、ポーズの指示を受けるたびに補聴器をつけていました。

そのモデルさんの背中の形、肉や骨が作り出す微妙な陰影の美しさ。
聴覚という誰もが持っている機能を、何らかの理由で持っていない、
でもその人がこんなにも美しい肉体を持っている、
そんな不思議も感覚がありました。

アートか?ポルノか? それは「どっちでもいい」なのかも知れない。
あまり意味のない議論なのかも、とも思います。

ともかく、それを見たとき、触れたとき、
そのときの自分の感情に何が生まれるか、
それによってアートにもポルノにもなるのだろうと思う。

ポルノにアート的な感動や衝動を抱くこともあるだろうし、
アートにポルノ的な興奮を覚えることもあるだろうし。
境界線なんか、なくてもいいのかも。
人間も、表現も、どちらも自由なのだし。

アートか?ポルノか?という議論はこれからもいろいろ出てくるだろうけど、
それは答えもないし、あまり意味も無い、そんな気がします。

ともかく、こんなことで辞職に追い込まれた校長先生は気の毒。
それだけは確か。




夜桜を見上げて、次のページをめくる。

先週くらいから部屋の中に、ふっといい匂いが漂ってる。
まるで、見えない誰かがいるような感じ。

よく考えたら洗濯用の洗剤を変えたからだと思うのだけど、
いい匂いのする生活、なかなか悪くないな。

昨夜は珍しく新宿で友達と食事。
でも待ち合わせの前に、買いたいものがあったので世界堂へ。

世界堂は今の立派なビルになる前には本当によく行ってました。
店舗がふたつ隣り合っていて、向かって左が画材、右が額縁とか複製画。
店内のレイアウトも今だに覚えてる。

今のビルには前にも増して商品がぎっしり詰め込まれてる。
美術界のドン・キホーテみたいな感じですごく楽しいです。

東京に出てきて美術系の予備校に通い始めたとき、
まず真っ先に買ったもののひとつがアリアスの石膏像。
世界堂で買って、それを抱えて電車に乗って、荻窪まで持ち帰った。

自分の部屋で石膏デッサンしようと思ったのだけど、
でも1年後に美大進学を諦めてデッサンなんかしなくなってからも、
部屋の中でアリアスはドーンと存在感を放ってました。

引っ越しのたびに割れないように毛布にくるんで大切に運んだ。
もうデッサンなんかしないのに、相変わらずドーンとしていたアリアス。
何度目かの引っ越しのときに粗大ゴミに出したような気がします。

美大ではない大学に入ってからも美術部だったから世界堂はよく利用した。
大学を出てからも絵は描き続けてたから、やっぱりよく利用した。

火災で焼けたときはすごく驚いた。今調べたら燃えたのは1990年。
世界堂のキャッチコピーは「モナリザもびっくり」だけど、僕もびっくり、
というかショックだったな。

今はもう滅多に行かなくなったけど、たまに行くとやっぱり楽しい。
最近、また油絵を描きたいという気持ちがすごくあって、
あらためて画材を買い揃えようかと思い、たまにのぞきます。
イーゼル立てて画材を広げられるスペースが欲しい。ああ、欲しい。
今なら以前とは全然違う絵が描けそうな気がします。
神様、どうか僕にアトリエをお与えください。

昨夜はスプレーのフィキサチーフを買いに行ったのですが、
何階にあるかわからなくてずっとウロウロ。でもすごく面白かったな。

世界堂の後は友達と会い、美味い餃子を求めて夜の新宿を歩き回る。
久しぶりに熱心に芝居の話をして、というか僕は聞き役が多いけど、
ああ、以前はよくこんな話をしたなあととても懐かしくていい気分。

すると、広い店内をギター抱えた若い女性が歩き回っている。
いわゆる「流し」だそうで、お客さんがリクエストする曲を、
その場で歌っているのです。へえ、そんなことがあるのか。

なぜ「流し」をしようと思ったのだろう。
もちろんそれだけで生活しているわけではないだろうけど、
夜になると酒場を歩いて歌う生活、なんだか詳しく話を聞いてみたい。

全然関係ないけど、数日前にヤフーニュースで、
NHKののど自慢の番組で鐘を叩いていた人の引退のニュースを読みました。
あの人も、鐘を叩くだけで生活していたわけではないだろうけど、
どんな人なんだろうと、ときどき考えていた。

記事によると東京芸大卒業の音楽家で、楽団などで演奏経験があり、
高齢になってからのど自慢の鐘を叩くようになったそうです。
そうか、そんな人が叩いてたのか。楽団では何の楽器だったのだろうな。

餃子のあとは、フラッと新宿西口公園で夜桜見物。
芝生で花見をしているグループもいくつかありました。
ライトアップされた桜は、ちょっと神々しくもありました。

久しぶりにたくさん笑った。
人は、変わるようで変わらないし、変わらないようで変わる。
僕も、変わることなく変わりたい。

久しぶりに手渡された芝居のチラシ。
そうか、またこんな生活が始まるのかな。
お互いにチラシを渡したり芝居の感想を言い合ったり。

なんだか桜の季節にふさわしい夜。
人生の、次の章が始まったような気分。










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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
現在、再スタート公演に向けて準備中。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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