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2024-04

謎のパジャマ。

たとえば、朝起きて薄暗い部屋でセーターを着る。
いつもと同じセーターをいつもと同じように着たのに、
なんだか妙な違和感を感じる。

「そうか、寝ぼけてセーターを前後逆に着たのか」。
ちょっとした息苦しさを感じながら、
あ、今、セーターに抱き締められている、と思う。

前からギュッと抱きすくめられて、
ふたつの体が一つになってしまった時の感覚というのは、
きっと、こんな感じなんだろうな、と思う。

さっさと脱いで正しく着直せばいいものを、
いや、これも悪くないなと思って、そのままでいる。

たとえば、シャツのボタンをとめているとき、
ひとつズレているのに気がつかずに、
1番下の最後のボタンをとめようとしたとき、
ボタンはあるのにボタン穴が無くて、
へえ、変わったデザインのシャツだなと思う。

外を歩きながらウィンドウに映った自分の姿を見て、
ボタンがひとつずつズレていることに気がついて、
「あ、なあんだ、そういうことか」。

ボタンを全部外して正しくとめ直せばいいものを、
なんだか面倒くさいので、そのままにしておく。
なんて奇抜で斬新なシャツなんだろう、
そう思い込めば、なんてことはないさ。

昨夜はバイトしながら、ちょっと不思議な人を見た。
けっこう寒い日だったので、
歩いてる人たちはみんなコートやダウンを着ている。

なのにその若い男性は、そんな雑踏の中をひとり、
青いチェックのパジャマ姿で歩いていた。
足元はスリッパ。見るからに寒そう。

でもその人は寒さなんか気にならないようすで、
まるで暖房の効いた部屋の中を歩き回ってるように、
口元に笑みを浮かべてフンフン♪と歩いている。

どこに行くのだろうと思いながら目で追っていると、
そのままマックに入っていき、
しばらくしてから紙袋を抱えて嬉しそうに出てきた。

パジャマ姿でハンバーガーを買いにきたってこと?
着替える時間も惜しいくらいに食べたかった?
それとも、着るものといえばそれしか持ってない?
あるいは自分がパジャマだということに気づいてない?

でも、よくよく考えてみれば、
パジャマで出歩いてはならないという法律は無いだろうし、
パジャマでマックに行くことは人間として許されない、
というような、そんな倫理観も聞いたことはない。
彼はとくに間違ったことはしてないのだ、きっと。

実際、マックの店員さんは、
ふつうにハンバーガーを売ったみたいだし。
その時はもちろんスマイルを浮かべていただろうし。

それに、けっこう人通りは多かったのに、
パジャマ姿の彼を見て驚いたり呆れたりする人はいなかった。
みんな、当たり前のようにスタスタ歩いていた。

もしかして、おかしいのは僕のほうなのか。
僕が過剰に反応し過ぎるのだろうか。

知らないうちに「パジャマでマック」が流行しているとか、
じつは今や最高におしゃれなライフスタイルになってるとか、
そういうこと? 僕が無知なだけ?

僕もやってみようかな、パジャマでマック。
いや、ちょっとそれは……勇気が出ないな。

寒い夜、パジャマ姿でマックに行く男の謎、
誰か正解を知ってる人がいたら教えてください。
いや、謎でも何でもないかもしれないけど。





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パリタクシー、トーキョウタクシー。

人が明らかに嘘をついているときの顔や、
悪事をごまかしているときの顔は、
本当に嫌な気分になるから絶対に見たくない。

政治に関するニュースを見るとなると、
そんな顔ばかりが次々と出てきてもうウンザリ。

最近いい顔をした政治家が全然いなくなったと思う。
政治家として、いや、それ以前に人間として魅力的な顔、
そういう人が以前は何人かいたように思うけど、
今はみんな欺瞞と怠惰の仮面をかぶった顔ばかり。

政治家=あさましい人間、それが今のイメージ。
なぜこんなことになったのだろう。
この国はこれからどうなっていくんだろうな。

バイト先で子供たちの顔を見ていると、
この子たちが大人になる頃どんな社会になってるんだろう、
などと、つい考えてしまいます。

今は「政治家になりたい」なんて思う子供はいるんだろうか。
むしろ絶対になりたくないものなんじゃないかな。

さて、昨日はクリスチャン・カリオン監督『パリタクシー』。

タクシーが出てくる映画は傑作、名作が多い。
『タクシードライバー』は言うまでもないけど、
ジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』、
リュック・ベッソンの『TAXi』も当然のことながら、
トム・クルーズが出てた『コラテラル』もなかなかだし、
日本映画も『月はどっちに出ている』は忘れがたいし、
最近は『ちょっと思い出しただけ』も意表をつく映画だった。
まさに、ちょっと思い出しただけで、こんなにいろいろ。

『パリタクシー』も、やっぱりとてもいい映画
観終わってから、すごく穏やかな気分になりました。
こういう映画は誰にでも安心してすすめられます。

免停寸前の不良な中年タクシー運転手が、
92歳のおばあさんの客を乗せるところから始まる。

一人暮らしのおばあさんは自分の死期が近いのを感じていて、
パリの反対側にある施設に入居するためにタクシーに乗った。
その施設に着くまでの物語。

最初は会話がちぐはぐで不穏な空気も漂っているのだけど、
おばあさんが自分の人生を振り返って昔話をするうちに、
ふたりは少しずつ打ち解けて、心を通わせ始め、
そしてタクシー運転手のほうも自分のことも語り始める。

こんなふうに書くと、なんだかすごく単純で、
ただの人情話のように思われそうだけど、
おばあさんの人生がじつはすごく波乱万丈で壮絶で、
運転手が少しずつ飲み込まれていくにつれて、
観てるほうも、どんどんのめり込んでいく。

それに運転手が置かれている労働環境なども語られて、
案外これは社会派っぽい部分も少しある映画。

きっとこうなるんだろうな、というような、
予想通りのエンディングになるのだけど、
へんなどんでん返しもなく、強引なオチもなく、
そのシンプルさに逆にホッとします。

今は一人暮らしのおばあさんだけど、
彼女の人生の物語は、言い換えれば、
「なぜ彼女は今、ひとりなのか?」の理由。

92年間どんな経緯があって一人暮らしにたどり着いたのか、
そう考えると、とても切ない気持ちになります。

今、この国にも一人暮らしの高齢者がたくさんいる。
でもその人たちは生まれた時からひとりだったのではない。
かつては熱烈に愛した人もいただろうし、
家族に囲まれていた時期もあっただろう。
いろんな時期を経て、そして今「ひとり」にたどり着いた。

人間とは、所詮は「ひとり」なのだということを、
人生の最後になって、あらためて確認するかのように。

このおばあさんの場合は、
最後に施設に入るからまだ恵まれているのかもしれない。
いや、自分の死を覚悟している彼女にとって、
施設とは巨大な棺のようなものなのかも。

初めて出会ったタクシー運転手に、
自分の人生を語るひとときを持つことができた、
それは彼女にとって何よりも幸せだったのだと思います。

僕も以前、ライターをやめて、
タクシー運転手になろうかと思ったことがあります。
ライターからタクシー運転手になった人を知ってるし、
案外、そのルートは多いんじゃないかな。
ちょっと魅力的な仕事。いろんな人と出会えるし。

でも道を覚えるのが苦手なので諦めた。
人に言わせると僕の運転はヒヤヒヤするらしいし。
自分ではすごく安全運転のつもりなんだけど。

ついでに僕の人生も、見ててヒヤヒヤするらしい。
自分ではすごく安全に生きてるつもりなんだけど。
まあ、そんなものか。

確かに途中でタクシーを降りていった人もいたしな(笑)。
みんな安全なタクシーに乗り換えたかな?











フサアンコウの星。

チリのほうで未発見の深海魚が100種も発見されたそうだけど、
人間にとって未発見というだけで、
今までふつうに生きてきた100種類の深海魚たちのほうでは、
「なんかずいぶん勝手な言い草じゃないか」と思ってるだろうな。

「1度に100種類も!」というのでニュースになってるけど、
地球上には推計約870万種の生物がいると考えられていて、
今、人間が把握しているのは、そのうちの15%以下だそう。

まだ何百万という生物が人間にとって「未発見」の状態。
たった100種の深海魚が新たに発見されたからといって、
「完全制覇はまだ遠いな」としか思えない。

まあ、そうでなくっちゃ面白くないけどね。
果たして人間はいつの日にか、
地球上の生物をコンプリートできるのだろうか?

ところで新たに発見された100種類の深海魚たちのほうも、
人間を見て「なんだコイツらは?」と思っただろうな。
「この星には、こんな奇妙な生き物がいるのか。
海の外を2本の足を交互に動かして移動してるぜ!」

人間にとって新発見の生き物ということは、
新発見の生き物にとって人間は新発見の生き物。

「新しく発見した!」なんて言い方は、
完全に人間中心の視点、かなり思い上がった表現だと思う。
せめて「初めて出会った」とかにして欲しい。

ところで、さっき、
2本の足で歩く人間を見て深海魚もビックリ、
みたいなこと書いたけど、
じつは新しく発見された深海魚の中には、
海底を歩く魚もいるそうです。

フサアンコウの一種で、足ではなくてヒレを使って、
海底を移動しては食べ物となる獲物を探すらしい。
二足歩行は人間独自のものではない。
犬や猫だって2本足で立つことあるし、
そういえばゴキブリだって2本足で移動するらしいし。

他にもいろいろと不思議な深海魚たちがいます。
ナショナルジオグラフィックを見ると、
その生物たちの映像を見ることができますよ。

不思議だとか奇妙だとかいうのは、
それはあくまでも「人間からしてみれば」であり、
人間の常識や感覚が基準になってるから、
「不思議」とか「奇妙」とかの表現になってしまう。

あまりにも不思議で奇妙なものばかり見ていると、
そのうち、何を見ても、
不思議でも奇妙でもなくなってくる。
ただ、楽しいだけ。

5億年以上前のカンブリア爆発の時期には、
神様の実験場といわれるくらいに奇妙な生き物が多数いて、
後の進化の揺籃期だった、みたいに言われてるけど、
もしかしたら深海には、まだこれから進化していき、
まったく新しい生物へとつながっていく、
その萌芽がたくさん潜んでいるのかもしれない。

そして、もしかしたらその未知の生物の中に、
ヒトに代わって地球の覇者となるような、
そんな新たな存在がいるのかも。

「歩く魚」であるフサアンコウなんかは、
その有力候補のひとつではないのかな。

遠い未来、ヒトが滅んだ後、フサアンコウが支配する地球。
世界中を歩き回るフサアンコウたち。
それはそれで素晴らしい光景だな、きっと。

なんかいきなり現実的な話ですが、
フランスの大統領がウクライナへの派兵の可能性について
初めて言及したことがちょっとした騒ぎになってます。
「排除されるべきではない」という婉曲な表現だけど、
ロシアにはそれで十分に新たな発火点になるだろうし、
戦争を終わらせたいのか煽ってるのか、
すごく混乱してきた感じ。

人間がゴタゴタして愚かな悲劇を繰り返している間も、
人間の知らないところでは未知の生物たちが、
ひそかに生き続け、少しずつ形を変えて進化している。

この星のことを、そんなふうにして眺めると、
馬鹿げた戦争も、大きな時の流れの中の、
命の循環の一部分のようにも見えてくる。

ヒトは、あと何種類の「未発見の生物」に
出会うことができるのだろうかな?
先は長い。

あ、今日から3月。
毎年恒例、3月のテーマソング、
井上陽水の『桜三月散歩道』を聴こう。














飛ぶほうか、見上げるほうか。

ある本屋さんで文庫本を1冊レジへ持っていき、
いつも「紙のカバーつけますか?」と訊かれるのを知ってるので、
訊かれる前に、先に「紙のカバーをお願いします」と言った。

すると若い男性店員は、ありがとうございますと言って本を受け取り、
値段を告げてから、「紙のカバーつけますか?」。
あれ、聞こえなかったのかなと思い、「お願いします」と答えた。

すると今度は、「どちらにしますか?」と言って、
手元にあったカバーの見本を指さした。
候補は2枚、イラストのカバーと、花柄のカバー。
僕は花柄カバーが好きなので、「こちらを」と花柄を指さした。

すると若い男性店員は「はい、かしこまりました」と言って、
イラストのカバーのほうをつけ始めた。
僕は黙って、彼の手元を見ていた。

相手の言うことは無視して自分のペースでやりたいようにやる、
そんな気持ちで仕事する日だったのだろうか。

あまりにも意志の疎通がうまくいかない感じがかえって楽しくて、
できることなら、その人ともっと話したくなった。
いや、話さなかったけど、でも面白かったな、あの感覚。

あの店員さん、他のお客に対してもあんな感じなのだろうか。
中には怒り出すお客もいるんじゃないかな、なんか心配になる。

もしかしたら「どこまで無視したら客は怒り出すか」、
自ら実験台になって、そんな検証をしていたのだろうか。
お客の言うことをわざと無視したり、
ちぐはぐな行動をとったりして、
お客の怒りの沸点を調べてそのデータを取る、みたいな。

あるいは彼は社会学部の学生で、卒論のテーマとして、
『現代社会における没コミュニケーションについて』とか、
『言語の意味の喪失に関する体験的考察』とか、
そういうのを書いていて、そのデータ収集してるのか?

あの本屋に行ったとき、もしまた彼がレジにいたら、
僕はきっと彼のところに本を持っていき、
彼のデータ収集に協力をしよう。そう思った。

でも一番ありそうなのは、「単純にあれが彼の性格」。
うーん、だとしたら、彼は生きづらくないのだろうか。
何らかの支障はないのだろうか。
気になるから、今日も本屋を覗いてみようか。

安部公房の未完の遺作『飛ぶ男』が初の文庫化だそうで、
今年は映画『箱男』も公開されるだろうし、
ある芸術系の雑誌が安部公房の特集を組んでるし、
なんだか最近また安部公房の時代になってきましたね。

この前、誰かが『砂の女』のことをテレビで話してたけど、
誰だったかな、思い出せない。

『飛ぶ男』は読んだことなかったので、
昨夜は寝る前に布団の中で読んでいた。

ちょうど昨夜はNHKの『ゲームゲノム』で、
『シティーズスカイライン』を取り上げていたのだけど、
ゲーム内で作り上げた架空の都市の風景を見ながら、
「飛ぶ男」を飛ばしてみたいと思った。

僕は、飛ぶ側だろうか。
それとも見上げる側だろうか。
そんなことを思いながら眠った。

あ、今日は2月最後の日。2月29日。すごく珍しい日。
4年ぶりに迎える2月29日をゆっくり堪能しよう。
次に2月29日を迎えるのは4年後だもんな。
今日が誕生日の人、おめでとうございます。





孤独の進化史。

食虫植物といえばウツボカズラが有名ですが、
最近また新しい食虫植物が発見されたというニュースがあります。

いや、発見されたのではなくて、
今まで誰もそれが食虫植物とは気づかなかったある植物が、
じつは食虫していることがわかったらしい。

誰にも知られることなく黙々と虫を食べていたと思うと、
なんかちょっとホラーな感じもするけど、
その植物にとっては生きていくためにそれは当然の行為。

イワショウブ属のある植物が、それ。
なぜか季節性の食虫植物だそうで、
「そろそろあの虫がおいしい季節になったね」
なんて思いながら虫をつかまえてる姿が目に浮かぶ。

しかもこの植物はなんと虫媒花、
つまり虫が花粉を運ぶことによって増える。
だから虫は大切な存在のはずなのに……と思ったら、
花粉を運んでくれる虫と食べる虫はきちんと区別してるらしい。
どうやって区別するんだろう。不思議。

そういう記事を読むと、
もしかしたら人間がまだ気づいてないだけで、
じつは食虫している植物は他にもいろいろあって、
人が「ああ、花に虫がとまってる」と思いながら見てるとき、
じつは「食事中」だったりするのかもしれない、
などと、ちょっとグロテスクな想像もしてしまう。

植物も会話するということも最近では「常識」になってきた。
会話というか、情報の交換ですね。

たとえば森などに伐採業者が入って木を切ろうとすると、
木が他の木に危険信号の物質を送るとか、
葉が虫にかじられると、となりの葉にそれを伝えるとか、
何らかの害を受けたときに特定の物質で情報を伝える。

あと、キノコも数種類の超音波を発して、
お互いに情報交換しているのではないかという説もあるし、
森の中はじつは案外にぎやかなのかもしれない。
花屋さんでもじつはペチャクチャしてるのかもしれない。

だから季節性の食虫植物も、
「お、今年の虫は味がいいね」などと感想を伝え合ってるかも。

言葉を交わすのは人間だけ、というのは勝手な思い込みで、
じつは動物も植物も独自の方法で「会話」している。
考えてみれば、それはすごく当たり前なのかも。
「会話」というのは人間だけの特権だなんていうのは、
ただの思い上がりでしかない。

同じ個体が他にもたくさん存在しているのであれば、
どうにかしてコミュニケーションをとりたいと思ったり、
仲間を助けようとするのは当然のことだもんな。

だから、長い長い進化の過程で、
そのための機能が発達するのは自然なことなのかも。

人間たちの言葉によるコミュニケーションは、
時には誤解や勘違いも生み出すし、嘘も生み出すし、
言葉が通じなくて意志疎通ができないということもある。

それを思えば、植物の多くが、
化学物質や超音波などでコミュニケーションをとるのは、
はるかに確実で間違いが無いのかもしれない。
言葉以外のコミュニケーションのほうが、
本当は優れているのかもしれないです。

そして、もうひとつ思うことがあります。
コミュニケーションの手段を持っているということは、
逆にいえば、コミュニケーションをとる相手がいなければ、
もしかしたら植物も「孤独」というものを感じているかも。
誰からも情報が来ない、自分が発する情報も伝わらない、
そんな状況にある1本の木、1輪の花は、
案外、孤独感の中にいるのかもしれません。

「孤独」というのは、長い長い生命の歴史の中で、
いつ、どんな形で生まれたのだろう。
孤独という状態があることに気づき、
その時に生まれる独特の感情を認識し始めたのは、
どんな生き物だったのだろう。

「孤独」も、きっと、
生命が生み出した、ひとつの発明品。

そんな研究は行われてないのでしょうか。
誰かに詳しく調べてほしい、「孤独の進化史」。
たとえばコミュニケーションの進化の、
その裏面史としてのそんな研究があってもいい。

孤独研究家、孤独学者の人がいたら、
ぜひ本にまとめてください。

きっと食虫植物たちも、
「ひとりで食べるのは孤独だから、
みんなで一緒に食虫したいね」
なんて話し合ってると思います。














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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
現在、再スタート公演に向けて準備中。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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