2018-04

今この瞬間にも、宇宙のどこかで彗星が

朝早く起きてしまったので録画してあったSONGSで
松任谷由実の曲を聴いていたら、
久しぶりに『ジャコビニ彗星の日』を歌ってた。

大学時代はいつもどこかで、
松任谷由実とサザンと大瀧詠一が流れてました。
授業で習った中原中也や萩原朔太郎の詩と同じくらいに、
松任谷由実の詞には「何か」をもらった気がします。
……なんて書くと、いかにも安っぽいな。

でも『ジャコビニ彗星の日』という曲の歌詞は確かに、
少年時代のぼくにとってひどく印象的でした。
恋人との距離が少しずつ広がるのを感じている頃、
ちょうどジャコビニ彗星接近のニュースが流れ、
それを見ようとした、その翌日のひとコマを描いた曲です。

その彗星のことは僕もよく覚えています。
ジャコビニ・ツインナー彗星が大接近するというニュースを
学級新聞係だった僕はマジックでデカデカと書いて教室に貼りました。

そして接近のその日、肉眼では彗星はほとんど見えなかった…
マスコミが騒ぐほどの天体ショーは無かったのです。
『ジャコビニ彗星の日』の中では、そのことが、
「シベリアからも見えなかったと、翌朝、弟が新聞ひろげ、つぶやく』
という歌詞で表現されています。

恋人との関係が少しずつ遠ざかっていく寂しさの中、
遠い宇宙空間を飛ぶ彗星のことを思う、その広大で不思議な感覚は、
10代の僕の頭に深く刻み込まれました。
そして今も、その感覚はどこかに残っているような気がします。

人間は死んだあと宇宙と同化する、という説があるそうです。
それは形而上学的な話としてではなく、
本当に物理学的な考え方として。原子レベルの話として。

もしもそれが本当なら、人間はつねに、
宇宙を懐かしみながら生きているのかも知れない。
本能的に、そこが帰る場所だということを知っているのかも知れない。

なんてことを思いながら1日が始まります。

昨日の稽古は、部屋が狭かったこともあり、
役者さんたちの個人的な話や思いや考え方を話す時間。
こんな時間が、芝居を豊かにすると思います。
脚本に書かれたことよりも、書かれていないことのほうが、
はるかに膨大な量なのだから。書かれていないことも大切にしたい。
一見ムダだと思われがちなことにも、きちんと時間を使いたい。
そんな努力は惜しみたくない。

あ、彗星ではなく、
上空を通り過ぎる飛行機の音がしています。






スポンサーサイト

中野まで歩きながら考えたこと

前の病院仕事が終わり次の仕事が決まるまでの間、
ちょっと時間が空いてしまい、
ちょうど入ってきた原稿仕事と芝居の準備をしながら
落ち着かない日々を過ごしています。
今日はいろいろな支払いがあったので朝から外出して一気に貧乏に。
まあ、こんな日もあります。
足を伸ばして中野の本屋へ。探してる本があったので。

ところで、本屋には4種類あります。
①面白そうな本を、面白そうに並べている本屋
②面白そうな本を、面白くなさそうに並べている本屋
③面白くなさそうな本を、面白そうに並べている本屋
④面白くなさそうな本を、面白くなさそうに並べている本屋

なんといっても理想的なのは、当然、①です。見てるだけで楽しい。
考えようによっては、④も、それなりに誠実で正直な本屋です。
まあ、2度と行きませんけど。
②は、きっと本屋に向いてない。他の仕事をしなされ。
一番タチが悪いのは③ですね。でも、じつはけっこう多い。

ずいぶん前の話ですが、池袋の某デパートの地下にあった本屋が、
本の並び方が秀逸で、いかにも面白そうに並んでいる、と話題になりました。
実際、売り上げもよかったとか。
他の本屋の店員がこっそりスパイに来るというウワサもありました。
本が売れない今の時代からすると、ほんとに伝説のような話です。

①のような本屋が増えることを切に祈ります。

ところで、これを人間に当てはめてみましょう。
人間にも同じような分類があって、
①見た目が面白そうで、実際もかなり面白い人
②見た目は面白くなさそうだけど、実際はかなり面白い人
③見た目は面白そうだけど、実際はまったく面白くない人
④見た目は面白くなさそうだし、実際もほんと面白くない人

①と②が理想的でしょうけど、
現実には、①よりも②のほうがモテそう。
人間はやっぱり「意外性」にひかれるものです。
③も意外といえば意外だけど、こういう意外性は不必要。
④は、うーん、まあ、こういう人も多いですよね。
いや、案外、自分は④なのかなあなどと思います。どうなんだろ。

さらに飛躍しますが、芝居とチラシの関係も似てますね。
①チラシがすごくよくて、舞台もすごく面白い。
②チラシはすごく良いのに、舞台はつまらない。
③チラシは今ひとつなのに、舞台はかなり面白い。
④チラシはパッとしないし、舞台も全然面白くない。

①と④はチラシを作る意味がある。
見るか見ないかをチラシで判断することって、意外とあるもんなあ。
だから③の経験はあまりない。なぜなら、つまらないチラシだと、
実際に「行ってみよう!」とはならないから。
で、案外多いのが②。チラシに騙されることって、少なくありません。
かといって、チラシと舞台の質を揃えるなんてことは、ふつうしない。
というか、チラシも舞台もベストを目指す。それが誠実ってもんです。
誠実さが、大切ですねえ。

さて、これから原稿仕事します。
今日はどこへ行っても風が強い。
外の木が見たことないくらい大きく揺れています。







久しぶりですカッターについて

昨夜は眠い目をこすりながら遅くまで『天国と地獄』を観ていた。
そのせいで頭の中に薄もやがかかったような、眠い1日でした。
黒澤明DVDコレクション、ずっと時代劇だったのに、
ついに現代劇が発売され、その1本目が『天国と地獄』。

何度も観るうちに「面白いなあ」から「よく出来てるなあ」になってきて、
とくに犯人の姿が少しずつ少しずつ見えてくる感じが、
霧の中から得体の知れないものがヌーッと現れるみたいで、
よく考えてるなあと感嘆するのです。

そして、あの終わり方。あの終わり方。おーわーりーかーたー。
あれがあるから、この映画ってスゴイんだろうな、きっと。
なんてことを1日ずっと考えていて、
でもって、今度の芝居も、あんなふうにきっぱりと終わらせたいもんだ、
そんなことを思いながら、手直しした脚本を送信。

あー、潔く生きたいものです。
なぜ、こうも、潔くなれないのか?

最近、なんだか良い映画を何本か観ました。
『夜空はいつでも最高密度の青色だ』とか『ああ荒野』とか。
どれも潔い映画でした。キッパリしてた。
潔く生きて、潔いものを作りたい。

そんな気持ちで過ごしながら『カッター』の稽古は進みます。
どこかでキッパリとした芝居にしたい。
これが終われば死んでもいいや、くらいの気持ちで。

自分はふだん、どこまで死を意識してるのだろう。
どれくらい死の予感を感じているのだろう。
「すべての命は、いつか必ず死ぬものである」という真理を、
この自分が、どんな形で、自分の日常の中に組み込んでいるのか。
そんなことを考えるのは、ある意味、とても幸せだと思います。
死を考えることで生を実感している、という意味で。

なんてブログでしょうね、今日は。
もっと楽しいことを書きやがれ、と自分でも思います(笑)。

『カッター』は、自分なりにとても気に入った脚本です。
いや、いつも気に入ってるけど、今回はとくに、
登場人物と役者さんがぼくの頭の中できれいにシンクロしていて、
稽古場では、なぜかハラハラドキドキしています。
どんな本番になるのか、すごく待ち遠しい。

もっとマメにブログ更新しようよ。
そう自分に言い聞かせてます。
ともかく今は、必ずや良い芝居になります、
ということだけは保証します。











昨夜、電車に乗っていると

昨夜は稽古から遅くに帰ってきて、
それからさらに残っていた原稿仕事をやって、
珍しく夜中までなんとなく起きていたのは、
本日は病院仕事が休みだから。
ゆっくりコーヒー飲めるのはちょっと贅沢な気分です。

昨夜は帰りの総武線の電車の中で文庫本を読んでいたら、
となりのおじさんが、ぼくの手元をのぞきこむのがわかりました。
じつは、ぼくもよくやります。となりの人が本を読んでいると、
何を読んでいるのか、つい見てしまうのです。

かわいらしい女子校生が司馬遼太郎の時代小説を読んでいたり、
真面目そうなOLさんが『女王陛下のユリシーズ号』なんか読んでると、
わけもなく嬉しくなります。

たった1度だけ、ぼくが仕事でゴーストライターやった本を
熱心に読んでるおじさんを見たことがあります。ギョッとしました。
編集者にも連絡して「あの本を読んでる人がいた!」と教えました(笑)。

中学時代、九州の片田舎に住んでたぼくは、
30分ほどかけてバス通学をしていました。
その頃から、バスの中でほとんどいつも文庫本を読んでいました。

で、今思い返すと、ちょっと不思議なのですが、
となりに座ったおとなから、わりとよく、
「何読んでるの?」と声をかけられたのです。
今、東京では考えられないことかも知れません。
電車やバスで熱心に本を読んでる中学生に話しかければ、
「あやしいおとながいる」ということで事件になるかもです。

しかし、ぼくの中学時代には、それはわりとふつうの出来事だったのか、
それともバスで熱心に本を読んでる中学生が珍しかったのか。
おそらく、ぼくに声かけてくるおとなたちは、
夏目漱石とかジュール・ヴェルヌとか
そういう健全なものを読んでると思ったのかも知れません。

ところが残念なことに、
ぼくがその頃夢中だったのは創元推理文庫の海外ミステリーで、
しかもクリスティとかクイーンとかの本格派よりは、
ディクスン・カーあたりの陰惨なタイトルのミステリーだったので、
おとなたちも「・・・・・・」て感じで、それ以上は話しかけてはこなかった。
そんな気がします。

でも、そうやって知らない中学生の読書に興味を持って話しかけるなんて、
それはひどく平和で牧歌的な世界だったなあと思います。
公共の乗り物の中でも、そんな「触れ合い」があったのですねえ…
なんてことを思いながら、昨夜は帰ってきたのでした。

『カッター』は電車内で起こったある事件がきっかけになる室内劇です。
知らない人間同士がギュッと詰め込まれた狭い電車内。
満員電車に乗ってると、、つい「この人たち、今、何を考えてるんだろう」
などと想像してしまいます。すごく楽しいことや幸せなことを思ってる人もいれば、
悪意や憎悪を思い返してイライラしてる人もいるかも。
殺意を秘めてる人もいるかも。まあ、みんな澄ました顔してるけど。

そんなことを思いながら書いた芝居です。
満員電車に押し込まれた経験のない人はいないはず。
あの圧迫感を思い返しながら観て欲しい芝居です(笑)。

昨夜は久しぶりの135酒場でした。
いやー、寒かった。








カッター

3月になって、こんなに暖かくて、自転車漕いでると良い気分で、
井上陽水の『桜三月散歩道』を聞きながら、
ああ、帰ったらバニラアイス食べようかなんて考えてしまう。

いや、明日からまた冬に逆戻りらしいから油断はできないけど、
冬の間はギュッと押し隠していた狂気が、
思わずこぼれ落ちてしまいそうな、そんな日曜日ですね。

人は誰でも、他人が見ていない所で、こっそりひっそり、
ひとりきりで狂ってる、狂気をほとばしらせている、
ふだん澄ました顔で生活してる人も、すべて例外なく。
春先には、そんなことを考えてしまいます。

さて、5月公演の情報解禁しました。
シアターノーチラス♯25『カッター』
5月10日(木)~13日(日)の日程で東中野RAFTです。

最近のノーチラスの芝居は、
大小さまざまな「事件」をからめた物語が多いのですが、
今回もまた事件が深く関わってきます。
電車内でのスカート切り。

痴漢ほど多くはないのでしょうが、
スカート切りというか、知らない他人の衣服を切る、という犯罪も、
たまに報道されることがあります。
その意図がはっきりわかりそうで、じつはよくわからない、
しかし間違いなく人を怯えさせ追い詰める憎むべき犯罪、
その曖昧でボヤッとした感じに、ずっと興味がありました。

ノーチラスがそれを芝居にするとどうなるのか、
ぜひ劇場でご覧いただければと思います。

春は、ゆったりゆったりとした足取りで近づいてきます。
芝居のほうも、今回はじっくりじっくり創れたらいいなと思います。

また稽古のようすなどお伝えします。

とりあえずどちらさまも、
春のご準備を。





NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表によるブログです。
前向きに更新します。

最新記事

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示