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2019-11

「現場」の話

2000年に起こった世田谷区の一家四人殺害事件の現場だった家が、
老朽化で取り壊されるかもしれないという記事が出てましたね。
未解決事件ということもあって、遺族の人はつらいだろうなと思います。

数日前に、20年前に妻が殺されたアパートの一室を、
今も家賃を払って借り続けている男性の記事が出てました。
それもまだ未解決事件のままで、
なんとかして犯人を見つけたいという思いがあるのでしょう。

どちらの事件も、遺族にとっては今も事件は「現在進行形」なのだと思います。
現場がなくなってしまうのは、その事件そのものがなくなってしまうようで、
やりきれない気持ちなのだろうなと想像します。

以上のようなことを書いた後に、
こんなことを書くのは不謹慎かもしれませんが、
かつて結婚していたぼくは、たまたま用事があって、
結婚してた時期に住んでた家の近くに偶然行ったりすると、
とくに理由もなく、そこを見にいったりします。

あるいは学生時代や独身時代に住んでた部屋の近くに行くと、
つい、フラッと見にいってしまいます。

じつは、東京に出てきてから、もう16回も引っ越しています。
典型的な引っ越し貧乏。
まあ、江戸川乱歩は生涯で40回以上も引っ越してるそうで、
それには到底及びませんが。

16回も引っ越していると、フラッと見にいく場所も多い。
それに加えて、たとえば、大学に入る前に通ってた美術学校が、
すぐ隣りの駅の近くだったりするので、そこもフラッとしてみたり。

結婚してた時期に住んでた部屋を今になって遠くから眺めると、
その頃の自分が、そのドアから出入りしているのが見えるようで、
なんだか複雑な気分。

けっして、戻りたいとか、そういう気分ではない。
懐かしい、というのとも違う。

かつて自分が生活していた場所を見ながら、
その場所だけは残っているのに、自分はそこにいない、
その不思議をただぼんやり眺めているだけ。

その頃の自分は、今の自分のことを想像もしていなかったなあ、と。
時間の流れを感じているのだろうか。よくわかりません。

ただ、その場所が残っていると、なんだかうれしい。
何かの事情でなくなっていると、少し悲しい。

阿佐ヶ谷のとなりの荻窪は、ぼくが東京に出てきて初めて住んだ場所ですが、
今、その家はありません。ちょっと切ない気分。

自分にとって大事な場所が、きちんと形として残っていることは、
誰にとっても、とても大切なことなのでしょう。

だから、たとえ家族が不幸な目にあった場所であっても、
その現場が消え去ってしまうのは、
残された人にとっては、耐えがたい気持ちだと思います。
もしも自分だったら、「頼むから残してくれ」と言うと思う。

でも、すべての場所はいつかは消え去ってしまうのが運命。

人は誰でも、知らない誰かの記憶の上で生きている。
誰かの過去を上書きしている。

なんか不思議な気分になります。








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ぼくも眼鏡かけてますが、なにか?

「人に冷たいイメージを与えるから」という理由で、
女性社員が仕事中に眼鏡をかけることを禁じた企業の話が話題ですが、
驚くというよりも完全にアキレ果ててしまいながらも、
あー、これが日本なんだなあという気持ちにもなってしまう。

ラグビーのWカップで来日した海外のメディアの人たちが、
日本人の礼儀とかルール順守の精神とかをホメちぎる記事もあるけど、
なんか、日本というひとつの国の「表裏一体」という感じもします。

皮肉なたとえ話ですが、もしも海外の人が日本企業を訪れて、
「日本人はみんな笑顔がすばらしく礼儀正しく、暖かい接客をしてくれた」
と感動したとしても、じつはその企業には「女性は眼鏡禁止」のルールがあったら?
それを知ってもやはり海外の人は、日本人の笑顔に感動するんだろか。

なんか、日本て国は、きちんとしてそうで間が抜けてるというか、
むちゃくちゃ先進国のフリして、じつは、むちゃくちゃ遅れてるというか。
なんか、へんな国だな。

話しは少しズレるけど、今だに「表現の自由」についての論議は続くし、
薬物で逮捕された役者が出てる映画への助成金が中止になったりするし、
なんかねえ、何なんだ、この国は、何がしたいんだ一体。
そんな気分になる今日この頃です。
どこかおかしい、何かおかしい。

それはそれとして、この3日間は、『ある結婚の風景』という映画を観てました。
なぜ3日間もかかったかというと、全部で6時間近い映画だから。
1日2時間鑑賞。

映画? いや、本国スウェーデンではテレビシリーズとしても放映されたらしい。
だから6回分のドラマを一挙に観たことになるのかな?
もちろん、映画として劇場でも公開されたらしいけど、
こんなことができるのもスウェーデンの巨匠ベルイマン監督だから?

ともかく、イングマール・ベルイマンの最高傑作ともいわれる作品を、
やっと観れました。いや、ほんとに最高なのかな。
「叫びとささやき」なんかのほうが、ぼくはすごかったと思いますが。

「ある結婚の風景」は、文字どおり、一組の夫婦の数年間の物語ですが、
6時間近い映画なのに、その8割は、室内での夫婦の会話だけが延々と続く。
そういう意味では、舞台のような映画でもあります。

室内での夫婦だけの会話ということで、
ある意味では、ふつう夫婦が絶対に他人の前では話さない聞かせないことを、
この映画は、ずーーーっと映し出してることにもなる。
ずーーーーーーーっと、延々と。

愛について、家族について、憎悪について、セックスについて、などなど、
ふたりは言葉を費やして、自分の心情を吐露していく。
正直、最初は「これが6時間近くも続くのか」とメゲそうになったが、
そのうち、つい引き込まれてしまうのは何故だろう。

ふたりの「話さずにはいられない、伝えずにはいられない」という原動力が、
やがて、ふたりの関係を破滅させ、そして再び引き寄せ……て感じで、
いろいろな受け止め方ができると思います。

この夫婦には、そういう原動力があり、言葉を惜しまなかったからこそ、
この夫婦なりの、ひとつの「答え」にたどり着いたのでしょう。
「言葉を惜しまない」というのは、やはり大切なのだと思います。
とても、しみる映画でした。

今朝はEテレの早朝にやってる俳句の番組に、
作家の藤野可織が出ていて、
最近「おはなしして子ちゃん」という短編に衝撃を受けたばかりだったので、
つい見入ってしまった。

この俳句の番組は、なかなか侮れないのですよ。


反省しない人間

なんだか久しぶりにブログ書きます。
どうして久しぶりなんだろう、忙しかったのかな。
なんだかよくわかりません。

時間割どおりに生活しているが、時間割なんてだいたいズレてくる。
あー、今日はあれやらなかったなあと思いながら1日が終わることも。

でも最近は反省しないことにしています。
すべてのことにおいて「反省しない」というのがルール。
反省すると自分を責めたり自己嫌悪につながったりするから、
じつはかなり精神衛生上よろしくない、ということに気づいた。

よし、これからの人生、「反省しない」で生きていこう。

最近、本や映画のことをあまり書きませんが、
「おー」と思える出会いはいろいろあります。

最近はどちらかというと「読み返す」「観直す」ということが多くて、
本にしても映画にしても、2度目3度目になると、
1度目のときよりも、考えたり、思い返したり、チェックしたり、
そういうことが多くなる。そういう楽しみがあります。

前に謎だった部分に「ハッ」と答えが判明したり、
前によくわからなかった人間関係が「ハッ」とつながったり。
たとえば学生時代に読んでも、なーんにも面白くなかった黒井千次の小説が、
今読むと、おおおおっと引き込まれる。
大江健三郎の初期の作品群を、すこしおとなの目線で見ている。
なんか、そういうのが楽しい。

そんな中で、初見の映画で面白かったのが、
リドリー・スコット監督『ゲティ家の身代金』。
一応は誘拐ものですが、そういうカテゴリーを超えて、
人間のエグさをうまく描いています。

世界的に有名な大富豪ゲティの孫が誘拐されて、
莫大な身代金が要求されるのだけど、
自分を真の資産家だと豪語するゲティは、
自分の金が身代金などに使われるのがイヤで支払いを拒否する。

そこからかなりディープな人間ドラマが展開するのですが、
これがすべて実話だということで、
実際のゲティ一族についてもネットで調べたら、
いやー、エグい、こいつらって……こいつらって……

さて、今日もあれこれあったが、反省しないぞー。

今夜はこれから、冬の毛布を出します。







ノーベル恋愛賞

原稿料が入ったので古本屋とブックオフをまわり、
ドラッグストアで歯磨きとボディソープを買い、
まいばすけっとで「ほろよい」のハピクルサワーを買う。

ずっと気になってたハピクルサワーを、やっと飲む。
あ、これって、あれだ、子供のころに通った銭湯の湯上りの味。
もちろん、あのころはノンアルコールだったけど。

ぼくは酒に弱くて、自分の部屋ではめったに飲まない。
ごくたまにビール飲んだりするけど、全部は飲み切れず、
半分くらい残ってる缶にサランラップして冷蔵庫に入れておく。

人間とは、根本的に関心のないものは視界に入らないらしく、
そうやってサランラップかけた缶ビールは1か月くらい放置される。
あ、そうだ!と気づいたころには、ただの冷たい水になってます。
嘘だと思うなら試してみてください。

どんなに仲のいい恋人同士でも1か月も放置されれば、
冷たい水になっている、あれと同じ。

恋人同士にサランラップかけておけば、
いつまでたっても鮮度が落ちない、
そんなサランラップが発明されないかな。

そのままレンジにかければ、すぐに熱くなる。
発明した人は、ノーベル賞ものだな。ノーベル恋愛賞。

世間は明日から3連休だそうだけど、
フリーライターと野良猫にはカレンダーはありません。
明日から、ちょうど新しい原稿仕事のスタート。





当たり前のものが、いきなりなくなる

あって当たり前だったものが突然失われることの悲しさと空しさ、
首里城の火災の映像を見て、あらためてそのことを思いました。

ノートルダム寺院の火災のときにも感じたし、
熊本地震で被害を受けた熊本城の映像でも感じたこと、
「あって当たり前のものなんて、ないのだ」と思います。

もちろん、台風の水害で家を失ったり家族を亡くしたりした人も、
やはり「あって当たり前のものなんて、ないのだ」と、
今、心から感じているのだと思います。

あらかじめ予想できた場合と違って、
まったく予期してなかったときに、いきなり失われてしまうと、
やはり気持ちの準備ができないし、
なのに、すぐに即座に、その現実と向き合わなければらない。

でも人間は、そんなに器用ではないから、
現実を消化して受け入れるまでには、本当は時間がかかる。
その時間を与えられないのは、とても残酷です。

沖縄の方には心からお見舞い申し上げます。

今朝いつもどおりに5時頃に目が覚めて、
マチネにごはんをあげようと思って起き出す前に、
とりあえずテレビをつけてみた。
自分でも意外なくらいに衝撃的な映像でした。

長く生きてる間には、だれもが経験するのかもしれません。
「昨日まで当たり前だったものが、今日はそうではない」ということ。

そう考えると、常日頃からいろんなものを大切にしておこう、
なんて殊勝な考えも浮かぶけど、そういう感情は長続きしない。
すぐに日常に埋没してしまう。
でもきっと「喪失」は、身近なところにひそんでいる。

今日はなんだか首里城のニュースが気になって、
1日中、テレビをつけたり消したりしてました。

ちなみに、朝、マチネにゴハンあげるのを忘れました。
マチネもいい災難です。








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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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