2010-07

書き留めておくこと

今夜は『ケプラーの憂鬱』に出演した京野君が出ている芝居を観てきました。
ニットイット『ブランク 短編集』(プロトシアター)。
複雑なストーリーを短時間にうまくまとめた短編集で、
ああ、なるほど!と思わせる1時間15分。
京野君は相変わらず安定感のある演技、なんだか「懐かしい!」と思った。
明日までやってます、高田馬場。

ところで、出かける前に、DVDで黒澤明『どですかでん』を観てました。
mixiにも同じようなこと書いたけど、文字にして書き留めておきたいので、また書きます。

『どですかでん』は1970年公開、貧困のドン底で暮らす人々の日常が、
ひとりの知的障害者の少年を中心に描かれています。
どですかでん、というのは、この少年が妄想する電車の音。

で、これを観ながら、先日観た、ある芝居のことを思い出していました。
その芝居も知的障害者とその親の関係を巡る物語で、
「ともかく号泣!」という評判、実際、客席で泣いてる人も大勢いました。

ただ、僕はどうしても泣けなかった。
むしろ、観ながら、とても居心地の悪い気持ちになっていた。冷ややかでさえあった。
なぜだろう、どうしてこんな気持ちになるんだ? そう思ってた。

その謎が、『どですかでん』を観てて、なんとなくわかりました。
同じ知的障害者が出てくる物語ですが、創り手の目線というか、まなざしがまったく違う。
『どですかでん』は、人々の悲惨な暮らしを、冷静にありのままに描きながらも、
そこには人間味がある、相手に寄り添っている、否定も肯定もしない、
ただ、あるがままをフワッと受け入れている。

それに対して、先日観た舞台は、「ね、みなさん、かわいそうでしょ?」
と言ってるように思える。ありのままを描いてはいるが、
その目線は、あくまでも健常者が障害者に向ける目線、
もしかしたら、いわゆる「上から目線」、そう言っていいかもしれない。

『どですかでん』の世界には、不幸も幸福もない、そんな区別を超えている。

でも、その舞台には、幸福な者が不幸な者を見下ろしている、そんな視線を感じてしまう。
それが、僕の感じた居心地の悪さだったような気がする。

目の前にあるものに「寄り添う」とは、どういうことなのか?
どんな目で相手を見るのか、どんな視線を向けるのか?
それはきっと、ものを創る上でとても大切なことなんだろうなと思いました。

ものを創るというだけじゃない、
人や事件や世の中というものを、どんな目で見ているか、
どんな目線を向けて、どれくらいの距離感を持つのか、それは、きっと人それぞれ。

同じニュースを見ていても、となりの人と自分とでは、
まったく異なる目線を向けているはず。まったく異なる寄り添い方をしてるはず。
僕らはそんな世界に生きている。

そのことに、ああ、そうか、と気づかされました。

土曜日の夜に書くブログじゃないね、とも思いますが、
思いついたときに書き留めておかないと、と思いまして。

明日もワークショップです。
御参加下さる皆さん、
楽しみにしています!!








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