2014-02

ニーチェの馬

『ニーチェの馬』という映画を観ました。

帰宅したばかりで疲れていて何もしたくない時間帯に、
毎日少しずつ観たのです。

そんな観方をするのがちょうどいいような映画でした。

6日間の出来事を約2時間半で描いた映画。
今、思わず「出来事」と書いたけど、
じつは、出来事なんてほとんど何も無い。

老父と、その娘と、老いた馬の貧しい生活を
淡々と撮影しているだけの映像。

馬をひく、井戸の水をくみ上げる、
着替える、ジャガイモを茹でる、食べる、寝る、
そんないくつかの動詞だけで説明がつく生活。

トリノの広場で馬の首にしがみつき、
そのまま発狂したニーチェの逸話が冒頭に紹介される。

『ニーチェの馬』という題名はそこから付けられたらしい。
とはいえ、邦題です。原題は『トリノの馬』です。

解説を読むまで気づかなかったけど、
「6日間」に深い意味があるらしい。

天地創造の7日間を逆になぞらえたのがこの作品。
つまり、7日間が世界の創造のために費やされた時間なら、
この映画は、世界の破滅への6日間をたどっているという訳です。

それを知ってみれば、冒頭のニーチェの逸話も
なんとなくつながってくる。
ニーチェだ、「神は死んだ」だ、ニヒリズムだ。

そんな断片的な知識を必死で拾い集めてみる。

そうか、この映画の中の世界には神はいない。
いるのは、ただ、生きているだけの人間と馬。
幸福や不幸といった価値観すら意味の無い世界。

そんなこと思いながら、あらためて考えると、
6日間を描いた映像が消えた後の暗闇に、
おそろしい終末がひそんでいるような気がしてくる。

そんな映画でした。
そして、もうひとつ。

何も起こらない6日間をじっと見ながら、
最初は、「何も起こらないなあ」としか思わないのに、
途中から、その「何も起こらない」ということに見入っている。

人間は、何を凝視するのだろう。
一体なにが人間の目を奪うのだろう。

見る、ということが、ただ「見る」ではなく、
もっと奥深い行為であることをあらためて思い知った。

芝居でも映画でも何でもいいけど、
人は何を見るのか、見ることの、その向こう側に何があるのか。

ぼくたちは観客の目に何を見せるのか、
観客は何を見るのか、
いろんなことを思いました。

あまり人には薦めない映画。
でも、知らんぷりして、こっそり見てみてください。











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