2015-05

「美しいもの」と「そうでないもの」

数日前ヤフーニュースに面白い記事が出てました。
若手女優の中に「美少女ではない容貌」が不足しているらしいです。
みんな美人過ぎるというわけです。
その結果、たとえば学校を舞台にしたドラマを作ると、
クラス中が美少女だらけになり、リアリティが出ない。

まあ、確かにそうだなと思います。
美人もいれば、そうでない人もいるのが世の中。
だからこそ、そこに外見の美醜以外の価値観が生まれ、
「人間の価値は外見ではない」という「正論」も生まれる。

いや、人間の審美眼の違いだって、
いろんな容貌を持つ人がいるから生まれるわけで、
「みんな一律美人」てことになると、
そもそも「美」とは何ぞや?という疑問さえ誕生しない。

「美人もいれば、そうでない人もいる」というのは、
人間の精神生活の発展に大きく寄与している事実なのでしょう。
……とかなんとか面倒くさいこと言わなくても、
映画やテレビを見ていて「世の中こんなに美形ばかりじゃないのにな…」
と思うことは、確かにあります。ブサイクもいるぜ、と。

この記事を読んで思い出したことがあります。
数か月前に出た記事で、アメリカのある女子高生が、
「ディズニーはデブに冷たい」と言い出して共感を得ているとか。

ディズニーのアニメはよく知りませんが
(というか、アニメ全般にまったく詳しくありませんが)、
デブの主人公とか重要人物というのはいないらしい。

ディズニーアニメなんて、世界の最大公約数的な価値観をもとに、
可もなく不可もない、ちょうどいいラインの世界観でできてる、
そんな勝手なイメージがあります。
だから当然そこには、太った人もいれば痩せっぽちもいる、
美人もいるしそうじゃない人もいる、そう思ってました。

でも、どうやらそうではないらしい。
「ディズニーよ、お前もか」という感じです。

現実世界というのは、いろんなものが混沌としています。
美しいもの醜いもの、豊かなもの貧しいもの、明るいもの暗いもの……
だからこそ、そこに悲喜劇が生まれドラマが描かれます。
そこにリアリティも存在するのでしょう。

「昨今の若手女優には美人しかいない」というのは、
おそらくみんなが求めたものの結果でもあるのだろうけど、
作り手の側が「リアリティ不足」で悩んでいるとしたら、
なんともまあ皮肉な話。

ちょっと飛躍しますが、もうひとつ思い出したのが、
心理学者の岸田秀が書いていたこと。
「文明社会が進むと、『美味しい=甘い』に近づく」という話。
高度な文明社会に生きる人々は、味覚に「甘さ」を求めるらしいです。

確かに「甘いものは、おいしい」というような思い込みが、
ぼくらにはあるのかも知れません。
甘くなくてもいいはずのものまで甘くすることで
「おいしい」という評価を受ける、みたいな。

本来ならば小さく細分化されてるはずの味覚が、
「甘い」という大雑把な価値観に収斂されていく、
そこに岸田秀の文明批判があったのかどうかは、
もう忘れてしまいましたが……きっと違うな。

ともかく、この話を思い出しました。
人間も、「なんとなく美しいほうがいい」という方向に
価値観が偏っていく、もしかして、そんな時代なんじゃないか?

美醜の平均値が、かなり「美」のほうに偏ったラインで
定着しようとしているのではないか?
ちょっとそんな感じがしませんか。
「とりあえず甘ければいい」みたいな感じ、それと同様に、
「とりあえず美しければいい」みたいな。

なんだかそんなことを感じました。
忘れないように書いておこうと思いました。

さて、『水槽』の稽古が始まりました。
まだ、プレ稽古ですが、これから2か月、
たまらなく楽しく苦しい時間が待っている気がします。

ともあれ、大好きな稽古の日々がスタートです。









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