2017-05

「ビフォー」と「アフター」

「スマホの限界を試す」と周囲に宣言して、
もう限界も限界、かなりボロボロになるまで使い果たしたスマホが、
いよいよ「もはやこれまで」という状態になったので、
ついに3年半ぶりに機種変しました。

店員さんと向き合ってあれやこれや質問されたり説明を聞いたり、
なんのかんので新しいスマホを手にするまで約2時間。
はー、長かったなあ。

今稽古している『孤独の観察』は、12年前に起こったある出来事を、
当時クラスメイトだった男女が振り返るという物語なのですが、
みんなで12年前のことをあれこれ話しているうちに気がついた、
12年前にはまだスマホは存在していなかったのですね。

12年前には存在していなかったモノが、今は当たり前のように使われる。
じつは、同じ座組みの役者さんたちはグループLINEでつながっているので、
スマホは必需品。あー、いつの間にこうなったのか?

いやいや、そればかりではない、
携帯やPCが存在しなかった時代だって知ってるぼくとしては、
「じつはそんなものが無くても、人は生きていけるんだけどね」
などと年寄りじみたことも、つい言いたくなります。
言いたくなるけど、結局はそれが無ければ生活が不便、
そんなスタイルに巻き込まれてしまっている。

「当たり前のこと」というのは、時代によって変化する。
いや、時代によってどころか、毎年のように変化する「当たり前」。
それを目の当たりにしながら、「いや、こんなものがなくても、
人は生きていけるんだけどね」とボソリとつぶやいてみる。

などと言いながら、新しいスマホは文字が読みやすくて気持ちいい。
前のは画面がズタズタで文字が読みにくかったもんなあ。

ところで、ネット社会の出現で、人と人との距離感は確実に変わった。
……ような気がします。じつは、その部分の変化が重大。
「道具」としてのスマホよりもね。そう思います。

じつは『孤独の観察』は、そんなことを背景にした物語です。
シアターノーチラスの芝居で、スマホやネットなんてものが
大きな役割を果たすのは、多分初めて。
恐らくそこには、「ネット社会以前」を知っている者の感覚が、
どこかに関わっていると思います。

「ビフォー」と「アフター」で何が変化したのか?
そんなところから考えた物語です。
ネット社会の真っただ中で生きる人たちに、
ぜひ見ていただきたい芝居です。

毎度のことながら、にぎやかな稽古場です。
暗くて重い芝居なのに、稽古場はいつも明るい。
いや、重い芝居だからこそ、せめて稽古場は…てことなのかな?
どんな芝居に仕上がるのか、とても楽しみです。

初日は7月12日です。







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