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2019-03

すべての記憶が消滅するシステムを誰か開発してくれ

月曜日のこんな時間にブログ書いても誰も読まないけど、
仕事のエンジンかからないから、すこしだけ逃避します。

またしても知り合いのひとりが癌で、そろそろ危ないそうです。
もう何十年も会ってない人だけど、ああ、そうか、と思う。
人情味のある、人徳のある人だった。そういう人に限ってね。

家族の3人を癌で失ったので、その病名を聞くだけでいやな気分になる。
3人とも早かった。まだ死ぬ年齢じゃなかった。

死はとても平等。どんな人間にも間違いなく訪れる。フェアなヤツだ。
でも、逝く前に、何か月も何年も苦しむ人がいる一方で、
あっけなく逝く人もいる。死んだことに気づかないくらい一瞬で。
そこはちょっと不平等だな。せめて、どんな死に方するか選べればいいのに。

ぼくはきっと孤独死、誰にも気づかれないで、
で、苦しみ抜いて、ゴロンと死体になってる。
まあ、それも悪くないかなと思う。自分らしい死に方。

妹が死んだあと、身近な人ひとりひとりに当てた手紙が出てきました。
ぼくもきっと同じことをすると思う。手紙。
いや、手紙を書く時間もないくらい、あっけなく死ぬかも知れないけど。

今までたくさんの人を失った、いろんな逝き方があった。
だから、せめて、いつ、その瞬間がやってきてもいいように、
生きてる間は前向きで、生きてることを実感しておきたいと、
最近になって、ようやくようやく、そんな殊勝な気持ちになってきました。
遅せええんだよ、って自分でも思うけど。

たとえば、人間が死んだ瞬間、
その人に関するすべての記憶が、知り合いの頭の中から消えてしまう、
そんなシステムならいいのにな。

ぼくが死ねば、その瞬間に、あらゆる人が持ってるぼくの記憶も消える。
つまり、文字通り、ぼくは存在しなくなる。ゼロ。無。
だれも、ぼくという人間が生きていたことも、死んだことも、何も知らない。

……と考えて、ふと思うのだ、もしかしたら、現実に今、そういうシステムかも。
本当はぼくにはもっと知り合いや家族がいたのだけど、
その人たちが生きていた記憶も死んだという記憶も、消えてしまった。

「悲しい」ということがイヤなら、そんな世界になればいい。
誰かがいなくなったことの悲しみを味わうこともなくなる。

あー、月曜日の朝に考えることじゃないな。

ぼくが死んだあと、
ぼくは自分がかつて生きていたことを、覚えてるんだろうか?

「あー、確か、死ぬ前には、生きてたんだよなあ」って。

そう考えているぼくは、一体、だれなんだろう。

もうそろそろいいんじゃないか?仕事しなよ。
はい、そうします。











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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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