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2019-03

正解も結論も無い、世界はいつも曖昧なもの

今日の午後はウェイン・ワン監督『スモーク』を観てました。
この監督の名前は今ひとつピンとこないのですが、
原作・脚本ポール・オースターといったほうがいいのでしょうか。

とても好きで、ときどき観たくなる映画の1本です。
スモークとは煙草のケムリ。ブルックリンの小さな煙草店を中心に、
そこに出入りする人々の人間模様が交錯する物語。

店の主人オーギー(ハーヴェイ・カイテル)は、
毎日必ず決まった時刻に店の前の同じ場所で写真を撮る。
その定点観測の写真がもう4000枚も溜まっている。
通りの同じ方向を同じ時刻に撮影しているが、
当然そこに写ってる人々の姿は毎日異なる。

その「定点観測の写真撮影」というのがひとつの基調となり、
いろいろなエピソードが上書きされていきます。

都会に暮らす人間と人間のつながり、ベタベタするわけではない、
どちらかといえばドライな関係なのだけど、冷たいわけではなく、
心の深いところにあるものを理解しようとしたり寄り添ったり、
ときには、それがうまくいかなくなったり。

そのエピソードも「最後はこうなりました」というところまで描かれず、
幸せな結末になったのか不幸になったのかもわからない。
でも、それがいいのかもしれません。

人生のどんな出来事も、どれが結果的にどうなるのか、
いいことなのか悪いことなのかなんて結論は出せないし、
そんなこといちいち気にしながら生きてる余裕もない。
『スモーク』は、まさにそんな物語です。

ぼくは芝居の脚本を書くときに、いろんなエピソードを書いても、
そのそれぞれの「結論」は出さない、というか、出しようがない。
誰にも決められないと思うので、「書きっぱなし」にします。

だれもが幸せになるハッピーエンドなんて存在しないと思うし、
それが永遠に続くなんてこともあり得ないと思うし。
べつに悲観的なわけではなく、それが人間だと思います。
人生は、まさに「曖昧」の積み重ね。

10代20代のころは
人生というのはひとつの出来事にひとつの結論や結末があって、
一話完結のドラマのようにそれが続いていくのだと思っていました。

でも、現実はそうではない。明確な結論や結末なんて、そうそう無い。
どんなことも、曖昧だし、あとに何かを引きずるし、
思いがけない時に、それがいきなり顔を出すこともあるし、
長い長い時間かけて、ようやく少しだけ納得できることもあるし。

世界は、そして人生は、曖昧なもの。
最近そのことを、あらためて痛感します。

『スモーク』はそんな映画です。
10年以上も同じ時刻・同じ場所でシャッターを押し続ける男、
彼もまた、人生に翻弄され、曖昧な場所に投げ出されます。
ラストがとてもいいです。トム・ウェイツの音楽も。

嫌煙権とか副流煙による被害とか、そういうのを気にする人には、
最初から最後までイライラしどうしってくらいみんな煙草吸いますが(笑)、
おおらかな気持ちで観てください。

『いだてん』に喫煙シーンが多すぎるとクレーム言った団体の人たちは、
映画やテレビなんかも、そういうのをすごく気にしながら観てるのでしょうか?
なんかたいへんですね。

さて、今夜は何食べようか。
さっきまですごく晴れてたのに、いきなり曇ってきました。夕立?








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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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