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2019-07

人間にはオモテとウラがあるという「今さら」なこと

モンプチは乾いてパサパサしてるのだけど、
ああいうものを食べたあとは水が欲しいだろうと思い、
朝、モンプチの横に、水を入れた器を置いているのだが、
野良猫マチネは、まったく水を飲まない。

喉が渇かないのだろうかと思い、帰っていくマチネを見ていたら、
途中で、葉っぱの表面に溜まっている雨水を夢中で舐めていた。

なるほど、ああやって雨水で喉を潤しているのか。

野良猫なのに毛並みのきれいなソワレと違って、
マチネは毛がボサボサで足も痩せてて、いかにも野良猫って感じ、
そんなマチネが葉っぱの雨水を無心に舐めてる姿は、
なんともいとしいものです。

今日は朝から餃子を焼きました。
なんちゅう食生活なんだと思うけど、
昨日は食欲がなくてあまり食べてないので今朝は空腹だった。
うまくバランスよく食べるのは、意外と難しいものです。

そんなわけで、一見、淡々と流れていくように見える日々ですが、
じつはいろいろなことが起こります。

30年以上も前に死んだ人、その人の、
今まで知らなかった一面を、今になって聞かされるという、
予想もしていなかったことがありました。

どんな人間でも、オモテの顔とウラの顔があるのは当たり前。
目に見えてるのは、その人間の半分だけ。
あとの半分は、ずっと隠されている。

役者たちは、自分が演じる人物の、ウラの顔を知りたがります。
オモテの顔だけを知っていても、その人物を演じられない。
ウラの顔はどんなんだろう?ということを役者は追及します。

ひとりの人間は「オモテ」と「ウラ」から出来ている、ということを、
役者たちは知っています。
人間を多面的にとらえることができる役者は、いい役者だと思います。
少なくとも、深みのある人物造形ができます。

もちろん脚本を書くときも、ひとりの人物の「オモテ」と「ウラ」を考えます。
演劇に限らず、小説でも映画でも何でも、
人間の、秘めたる「ウラ」の部分を描くことが目的である、とも思います。

僕自身にもオモテとウラがあります。
みんなが知ってるオモテの顔と、絶対に他人には見せないウラの顔。
ウラの顔がどんなのかは表明しませんが、
その部分もまた、ぼくの大切なアイデンティティです。

オモテもウラも、陰も陽も、聖も俗も、清も濁も、
全部ひっくるめてひとりの人間。

そう思っているのですが、
しかし現実に、知らなかったことを知るのは、
なかなかしんどいこともあります。
墓場まで持っていく、秘密のひとつです。

いくつになっても、人間に関することでは、
「ああ、そういうことだったのか」と発見し、学ぶことの連続です。
だから人間は面白いのだろうけど。

台風はいっちまったのかな。
今日も真夏日なんですかね。









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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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