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2019-05

美しい混沌

さっきブログ書いたばかりなのに、
また書いてます。

最近はTwitterでまめにつぶやいているせいか、
それで完結してしまい、ブログを書くのがお休みになってる。反省。

ロベルト・ボラーニョの『通話』という小説を読んでいます。
よく知ってる作家みたいに書いてますが、じつはまったく知りません。
チリの作家です。初めて読む作家。
南米文学は、ときどきむしょうに読みたくなって、
よく知らない作家であっても、さらっと買い込んできます。

南米文学をつぶさに読んでるわけではありませんが、
でも南国生まれの自分の生理に合うのか、
どれも読んでいて気持ちいい。

で、最近思うのだけど、人物の造形の仕方が
自分の脚本の登場人物の造形とどこかでつながっている。
得体の知れない存在感、頑固で感情的で支離滅裂で、
どこかに大きな喜びと大きな悲しみを抱えこんでいる、
まるで混沌が服着て歩いてるみたいな。

そして何よりも、秘めた謎が、最後まで謎として残っている。
そんな人間の生きざまの混沌ぶりを、
ぼくは脚本を書くとき、どこかで「参考」にしているような気がします。

自分で脚本を書くようになって気がついたのですが、
人物造形をするときに、秩序の方向には向かわない。
この人はどんなふうにまとまっているか?ではなくて、
この人はどんなふうに混乱しているか?を考える。

ひとつの「完結したもの」ではなくて、
どこまでも混乱し、かき乱れ、無秩序なものとして人物をとらえる。

自分はいつも、そんなふうにして人物を造形しているなあと感じます。

南米文学は、描かれているのが政治であれ人生であれ愛であれ、
混沌と混乱とを下敷きにした物語に仕立てるのが多い。
それが自分の生理に合うのだあろうなあと思います。

そう思うと、自分が書く脚本は、人間は、
「美しい混沌」を具現化したものかもしれないと、
そんなふうにも思います。

脚本を書くときに、物語よりも人物像のほうが先に浮かぶのも、
だからなのかもしれません。
「人間」を描きたい、まあ、当たり前といえば当たり前なのですが、
人間という「美しい混沌」こそが、
自分のテーマなんじゃなかろうか、などと思います。

ロベルト・ボラーニョの『通話』、なかなか面白いです。
こんな芝居が書けたらなあと、
今日読みながら思っていました。





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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
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