FC2ブログ

2019-05

僕らが繋ぎ止められている無数の糸たち

台風の予報だったので夜の稽古を中止にしたのに、
雨は降らず、風も吹かず、台風は今頃どこに?
でも深刻な天気のところもあるんですよね。ご用心を。

海の歌を聴こうと思って『海を見ていた午後』を開いたら、
『砂の惑星』が目についた。ああ、この曲。
「少年A」が頻繁に聴いていたと、あの本に書いてあったな。
子宮に戻りたい、というのは、願望ではなくて、もはや本能?

『砂の惑星』を聴きながら、帰るべき子宮を探してさまよう人の姿を
思い浮かべました。きっと、多かれ少なかれ、みんなそうだよね。

ノーチラスは「家族」の話が多いと言われます。
家族そのものを描かなくても、
登場人物それぞれの家族が、何らかの形でからんでくる。

あらゆる人間は、延々と続く血のつながりの一部分として存在している、
その長い長い時間を描きたいのかもしれません。
そういえば、この前読んだ絲山秋子『末裔』は、そんな小説だったな。

『水槽』は、ただ「からんでくる」のではなく、まさに「家族」の話です。
セリフを追えば、それぞれの関係性はわかりますが、
しかし、セリフには書かれていない関係性、暗黙のつながり、
今まで何年も何十年もともに生きてきた、または離れたりした、
そんなことが積み重なって醸し出される独特の空気感、
セリフにもト書きにも書かれていない「何か」こそが、
この芝居の主役なのかもしれません。

電車の中で、向かい合った座席に座る親子連れを眺めていると、
そこには、その親子だけが持つ空気が流れている。
夫婦でも、兄弟姉妹でも、それは同じ。

そして、人は誰でも、そんな空気を嗅ぎ取る能力を持っている気がします。
「家族」という約束のもとに結ばれた人たちの、
目に見えない糸。

ピンと張ってる糸もあれば、
張りつめ過ぎて切れそうな糸もある、
ゆるんでる糸、たるんでる糸、
からまりあって、もつれあって、ほどけない糸。
その糸を、べつの誰かが切ろうとしてることも。
切れた糸を、またべつの誰かが必死で結びなおそうとしてることも。

『水槽』に登場する家族が、果たしてどんな家族なのか、
ぜひご自分の目で確かめてください。

来週の金曜日、いよいよ初日です。





スポンサーサイト

● COMMENT FORM ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://theaternautilus.blog99.fc2.com/tb.php/1031-ba1242d3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

最新記事

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示