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2019-05

僕たちが作る「窓口」について

小劇団の芝居をたくさん観るわけではないけど、
でも気になれば観たいと思います。
しかし、「心を揺さぶられた」とか「頭殴られた」みたいな舞台には、
なかなか出会えない。どうしてかな。そんなものかな。

たとえばコリッチですごく評価が高いからといって観てみても、
その多くはハズレ。じつは昨日もそんな芝居を観ました。
役者の演説を聞いてるみたいで、へんに緊張。
しかし、だからといって「芝居を観たー」っていう感情は湧いてこない。
前にこの劇団の芝居を観たときは、もっといろいろ思ったけどなあ。

商業演劇と比べて小劇団は小さな空間の中で芝居をやる、
役者は至近距離にいるし、セリフも間近で聞こえる。
だからこそ「心揺さぶる」「頭殴られる」、そんな芝居を観たい。
というか、そんな芝居を「体験したい」。

そんな体験となかなか出会えない理由のひとつは、
空間のサイズと、見せようとする世界観とが、どこかチグハグ、
というのがあるんじゃないかな。
最近そんなことを感じます。

小さなスペースでやる小劇団の芝居は、
「観る」というよりも「体験する」、あるいは「同じ場所にいる、共有する」
みたいな感覚が、どうしても重要になると思う。
そこを逆手にとって、観客に「グワン!」と一発くらわす。
そこが小劇団の面白さなんじゃなかろうか。

小劇団というカテゴリーの中で、何ができるのだろう。
「グレーテルの妹」「スカイ」から「水槽」の流れの中で、
そんなことを考えています。
どれも劇場のサイズや観客との距離感を意識して作った芝居。

「芝居」というものが「宇宙」と同義語であるならば、
「芝居を創る」という行為は、まさに「新しい宇宙を生み出す」こと。

宇宙は無限大。舞台の彼方には、無限大の宇宙が広がる。
しかし、宇宙が宇宙として存在するためには、
その中心点にある宇宙の「核」=「舞台」が、
引力の中心点でなければならない。

小劇団が公演を行う劇場のサイズや公演の規模を考えるとき、
そういう発想というか感覚が、絶対に必要だと思う。
「サイズ」をどう生かすのか?

すいどーばた美術学院で絵の勉強してるときに学んだことは、
一枚の絵を描くことは、その彼方に広がる宇宙を描くこと。
しかし、広大な宇宙を見せるためには、
目の前の小さなサイズのキャンパスの上に、
完璧な宇宙を作り出さなければならない、ということ。
キャンバスの上の小さな宇宙が、
彼方に広がる広大な宇宙につながる窓口になるということ。

きっと、芝居も似たようなところがあるんじゃないかな。
そんなことを、昨日観劇しながら思っていました。

なんかね、「あー、チグハグだなあ」という違和感があった。
観てる間ずっと。この芝居をこの劇場でやるのか、みたいなね。

あれ、このブログ、書きだしたときは、
こんなこと書くつもりじゃなかったのにな。へんなの。

気がつくと、こんな時間。
ちょっとシャワー浴びてきます。




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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
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