2017-10

ニセモノの月

阿佐ヶ谷はどこの路地を歩いても
ぐるりと見回せば必ず猫がいます。
それで、ついつい知らない路地に入ってみたりして、
かなり細い路地も詳しく覚えてしまいます。

そこで生活してる人しか入らないだろう、というような路地にも、
ちゃんと猫がいるので、思わず入ってみたくなる。
で、道路に寝そべってる猫が「誰や?」という目で見上げてくる。
見慣れない人間が入ってきたのだから、無理もない。

かなりけだるい視線ですが、猫好きにはたまらない。
「すみませんね、ちょっと通らせてもらいます」なんて気持ちで
わきを通り抜けていきます。

そんな遠回りしてるので、ちょっと駅前の本屋に行くのにも時間がかかる。
今日もたくさん猫を見ました。

本屋に行くと、「演劇ぶっく」が「さよなら号」を出してました。
廃刊ではなく「えんぶ」と名前を変えるらしい。
しかし、雑誌のタイトルやロゴなんかが変更になるのは、
その雑誌が売れなくなってビジネス的にかなりの苦境である証拠、
というのは出版界の常識です。がんばれ、演劇ぶっく。

それを思わず買ったのは、雑誌を応援したいという気持ちもあったけど、
それ以上に、かなり昔の、蜷川幸雄のインタビューが載ってたから。
1986年の記事ですぜ。蜷川幸雄、若い!

で、そのインタビュー読んでいて嬉しかったのは、
築地本願寺でやった「オイディプス王」のことをしゃべってるくだり。
ニセモノの月をクレーンで吊るす、というアイデアのことを、
さも得意そうに語っているのです。

芝居の開幕と同時に巨大な月がクレーンで釣り上げられ、
築地本願寺の屋根の横で赤く輝く。
そう、ぼくはまさに、あのニセモノの月に魅せられて
芝居を好きになったのですよ。
蜷川幸雄が目の前にいたら、身を乗り出して、そう言いたいところ。

あの、堂々としたニセモノの月は、
芝居があくまでも虚構であることの象徴でした。
堂々とした虚構、堂々とした嘘っぱち、
ぼくはあのとき、虚構の美しさを知ったような気がします。

それは、たとえばフェリーニの『そして船は行く』のラストシーンの、
スタジオの全貌を見せてしまう、あの潔さにも通じる。
あのスカッとした気分、開き直り、傍若無人さ。
そうだよなあ、だから芝居やるんだよなあ。

蜷川幸雄が、いかにも「な? すごいだろ?」みないな口調で、
あのニセモノの月を語っているのが、なんともいいなあ。

なんだか今、いろんなことにつまずいて苦しんでますが、
ちょうどそんなときに、なんだか励みになる記事を読みました。

さあ、今夜は何食べよう。
いくら飲んでもちっとも酔わない果実酒を飲みながら、考えてます。





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