2017-10

生きていれば、生きていればね

長かった1週間が終わりました。
忙しかったなあ、病院ではずっと動き回ってた気がする。
手足がぐったりしてる、ひたすら眠い。なんだコレ。
でも、ついこの前までは、このあと喜んで稽古に行ってた。

いや、今この瞬間にでも「芝居の稽古だよ」と言われれば、
すぐに出ていくよ。本当に。
だれか試しに「稽古しましょう」と言ってみて。

公演が終われば、しばらくは寂しい日々です。
「作・演出」してる人間は「作・演出」としてしか見てもらえず、
稽古と公演が終われば、誰からも声がかからない。

役者たちの楽しい集まりに呼ばれることもなく、
たまに珍しく声がかかっても、やはり「作・演出」としてしか見られない。
因果なものです。
結局は役者たちのTwitterやブログを指をくわえて見てるだけ。

こんな立場になるくらいなら、「作・演出」ではなくて、
役者のほうを選べばよかったと、不埒なことを思ったりもしてます。

しかし、この寂しさというか疎外感というか、
身体の奥がヒンヤリするようなこの感情は、
多分、ものを創る上での必要悪みたいなもので、
今までもこれからも、延々と付き合っていかなきゃならないもの。
それもなんとなくわかってる。

だからせっせと、次の脚本を考える。

そう、「なぜ芝居を続けるのか?」という問いかけに対して、
ぼくには何か創造的な理由、芸術的な動機、そんなものはない。
ほんとに何もない、あるのは、ただ、
「ひとりは寂しいから、早く次の稽古を始めたい。だから芝居をやるのです」
という理由だけ。これ、かなり本気でそう思います。

でもね、何かを創造するという意欲の根本には、
創造したものによって他人とつながりたい、という願望があるんじゃないか?
人間の創造への意欲は、他人とつながりたい、という本能じゃないのか?

……とかなんとか書いてるわけですが、
今、CoRichでWSの募集告知を出しているので、
このブログを読む人もふだんより多いと思うのですが、
こんなブログ書いてていいのかな、なんて不安を感じたりもします。

でもまあ、うわっつらなこと書いたり、
芸術論や演劇論をぶちかますよりは、
人間としての本音を記しておいたほうが自分らしいかな。

ぼくはなぜ芝居をやるのか?
それは、ひとりの人間だから。
逃げも隠れもしない、ナマ身の人間だから。

よし、誰か飲みに行こうか。

すばらしき週末の始まりです。
WSへのご参加、お待ちしております。



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