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2018-10

ぼくたちは善人だし悪人だ

ニュースに映し出される政治家たちの顔を見てると、
「歴史に名を残したい」という願望が透けて見えてしまう。
もちろんそれだけじゃないのはわかってるが、
「歴史上の人物になりたい」というひとりの人間の欲望が、
歴史を動かしていくこともある、というのは、きっと真実の一部。
南北の指導者たちは、これで確実に歴史に名を残す。

出版社で働いていた頃、編集会議中に、
「なぜ日本はヘア解禁にならないのか?」という話題が出たことがあります。
その答えは簡単明瞭。ある先輩編集者が言った。
「誰もヘア解禁を推し進めた政治家として歴史に名前を残したくないから」
ああ、なるほど、そういうことですね。

どんな重大なことであっても、その多くは、
最初は、「たったひとりの誰か」が発した言葉から始まるもの。
真珠湾攻撃だって、鎖国を終えて開国することだって、
きっとたったひとりの「言い出しっぺ」がいたはず。

いや、もっとさかのぼれば、石器時代あたりに、
誰かが落ちていた動物の骨を拾って、別の誰かの頭を叩き、
相手が痛がるのを見て、「あ、こうやって使えばいいのか」と気づく。
そんなたったひとりの行為が、やがて武器を生み出し、
人間の心にひそんでいた闘争心や残虐性に火をつける……

「最初のひとり」が、つねに大きなものを動かして、
そうやって人間の歴史は続いてきたのでしょう。

タイトルは忘れたけど、何かの政治の本に、
「あらゆる政治は、究極的には『独裁』というものに収斂する」
みたいなことが書かれていたのを読んだことがあります。
べつに独裁政治がいいと言ってるのではなく、
いかなる政治も、突き詰めれば、ひとりの人間の意志によって動くのだ、
というような意味で書かれていたのだと思います。

そして、ひとりの人間の内部には、
「善なるもの」も「悪なるもの」もどちらも共存していると考えれば、
人間の歴史は善悪の両方を含んで動いているのだ、ということでしょう。

かのニーチェさんのいう「善悪の彼岸」は、
それをふまえての考え方かもしれません。
まあ、ニーチェのことはよく知らないのですが。

最近観た映画、たとえば『彼女がその名前を知らない鳥たち』や、
再見ですが『告白』『ヒメアノール』など、そして黒澤明の古い映画などなど、
そういうのを思い返すと、人間の善悪という切り口が見えてきます。
完全な善人はいないし、完全な悪人もいない、
いるのは、ただ、その両方を併せ持ったグレーな人間。

ぼくが書く芝居は、観た人に、ときどき、
「出演者はみんな嫌い」と言われます。「みんなゲス野郎だ」と。
それがわかっていて観てくださる人も大勢います。
それはもしかしたら、人間の善悪を両方とも書こうとしているから。
完全な善人も、完全な悪人も、いない。
その両方の混沌な存在が人間なのだと。

『カッター』も、もしかしたら、そんな芝居かもしれません。
ぼくは人間が大好きだし、人間が大嫌いです。

なんだかとても張りのある稽古場です。
1回ごとに、役者さんたちひとりひとりが、
確実に変わっていくのがわかります。
こんな稽古場から生み出される芝居が、
面白くないはずがありません。

そんな気持ちで、ちょうどほどよく高揚した気分で、
本日もこれから稽古に行ってまいります。


















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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
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