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2018-10

「何も無い」は「何も無いわけじゃない」

今日は『カッター』の稽古の最終日。
明日の今ごろはRAFTで忙しく準備をしているはずです。

2006年、何のツテもなくバックグラウンドもなく、
家族もなく恋人もなく、そして執筆の仕事が少しずつ減っていく中で、
「自分の夢だった劇団を作ろうか、今さらだけど」と思い立ち、
某演劇雑誌に「劇団員募集」の告知を出した、
それがシアターノーチラスとして今も続いています。

なーんにも無い場所でフッと思い立ったことが、
今もこうやって続いていることが、自分でもちょっと不思議です。
この12年の間で、たくさんの貴重な経験をしたし、
たくさんのすばらしい人たちと出会うことができました。

芝居さえ続けていけば、これから先も、
きっと多くの人たちと知り合うことができると思います。
世の中に、これから自分と出会う人がまだまだいくらでもいる、
そう思うと、外を歩くときも周囲の景色が少し違って見えます。

何にもなかった場所から、何かが生まれる。
出会うはずのなかった人と、出会う、
するはずのなかった経験に、必死になる。
そんなふうに考えると、人生っていうのは無限だなあと思います。

「無」というのは、けっして「無」なのではなく、
無限の可能性がひそんでいるという意味なのかもしれない。
「無」とは「無限の可能性」の「無」なんじゃないか、
なんて殊勝なことも考えてみたり。

ひとつの脚本も、そうです。
何か元ネタがあるわけではなく、何も無いところから生み出す。
物語は、「無」から生まれます。
「無」は、「無限の物語」の「無」でもあります。

全宇宙の物質のうち、その正体が解明されているのは、ほんの数%。
それ以外の、90%以上の宇宙空間を占めているものの正体は、
今だに明かされていないそうです。
そして、ある科学者が、こう言ったそうです。
「宇宙の残り90%以上は、『物語』である」

この言葉の真意は正直よくわかりませんが、
でもきっと、あらゆる物語とは、
宇宙のような茫漠とした「無」の中から生まれるのかも知れません。

ぼくは、もうしばらくは、そんな「無」の中で、
もがいてみたいと思っています。

先日、とても身近な人が亡くなりました。
死ぬことは「無」になることだと考えると、とてもつらい。
なので、その人が生きるはずだった時間も自分が生きる、
そう考えると、もがいてみるのも、まあ悪くないなあと思います。

亡くなった人は、宇宙にいって、
そこでいろいろな「物語」を楽しんでいるのだろうか。
それとも、その人自身が新しい「物語」になって
宇宙を満たしているのだろうか。
どっちなんだろう。

まあ、それは、いつか、ぼくにもわかることです。

そんなわけで、明後日から、新しい「物語」が始まります。
人間が生み出したすべての物語がそうであるように、
『カッター』も、きっと、宇宙とつながっています。
……なんて書くと、なんだか宗教じみてますね。

さて、今日は早めに出かけることにします。











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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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