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2018-10

「音」が生まれる前のことを想像してみると

朝から駅前のカフェでコーヒーを飲んでいたら、
しばらくして隣りに座った中年男性が、
いわゆる「音を立てる人」でした。

ひとりがけ用のテーブルをわざわざふたつくっつける、
コーヒーとサンドイッチののったトレイをテーブルに置く、
椅子を引く、ノートパソコンを出す、スマホを出す、
そのひとつひとつの行動で、無駄に音を立てる。

ほとんどの人はなるべく音をたてないで静かに行動しようとする、
無駄に音を立てることは他の人に迷惑だと思ってる、
そういうものだと思うのですが、その人はそんな常識とはまったく無縁。
自分が立てている音は、彼自身の耳には届いてないんだろうか。
それとも、そもそも周囲の他人がいることなど無関心だから、
音を立てても平気なんだろうか。いろいろ考えます。

ネットで誰かが「面白い」と絶賛していたので買ってきた、
大河内直彦という海洋博士の『地球の履歴書』という本、
まだ冒頭しか読んでないけど確かに面白そうなのですが、
その出だしの文章は、

「星は大音響とともに生まれた。」

この文章に続いて、地球や宇宙の始まりが語られるのですが、
しかし、その最初の一文に「ん???」となってしまった。

確かに星は大音響とともに生まれたのかもしれない。
でも、その音を、だれか聞いていたのだろうか。
いや、そもそも宇宙空間では音は伝達しないはず。
音とは空気の振動が伝わることによって生まれるものだから、
空気のない宇宙空間では、そもそも音は存在しないでしょ。
てことは、この冒頭の一文は、誤りなんじゃないの?

と、ちょっとひねくれた屁理屈を並べたところで思い出すのは、
「誰もいない森の中で木が倒れたとき、その音は存在するのか?」
という有名な哲学の命題。

哲学のことは全然知らないから、
この命題から果たして何が導き出されるのかもわからないのですが、
ともかく、音というのは、鼓膜を持った動物の、その鼓膜を通り、
脳で音として認識されて、初めて「音」として存在する。
だとすれば、鼓膜を持った動物が存在しないところで何が起きようとも、
そこには「音」は存在しないのではないか?……てな話だと思うのです。

少なくとも、鼓膜を持った生物が誕生し、その脳の中で「音」が認識されるまでは、
広大な宇宙の中で起こったいかなる現象も、音もなく発生した……

そう考えると、ぼくらは今、さまざまな音に囲まれて生きていますが、
もしも鼓膜を持った生き物がいなければ、それらの音は、すべて「無い」。
すべては無音のままで、静かに進んでいる、ということにんるんですかね?
いやあ、いくら考えてもわからない、不思議な話です。

つまりは、「ことさら音を立てる中年男性」も「星の誕生」も「倒れた木」も、
その音はすべて、人間の鼓膜と脳が生み出したもの、
人間の脳の中で起こっている現象ってことになるのでしょうか?
なんだか頭がクラクラしてきます。

今、外で聞こえている風の音、この音も?
パソコンのブーンという小さな機械音も?
なんだかすべての音が、幻覚のような気がしてきました。

鼓膜を持った生き物が誕生する前、何の音も存在しなかった時代、
そこは完全な無音の世界だったということかな。
完全な無音の世界って、どういうんだろう。想像できないなあ。

せめて、時間が流れる音くらい、していてほしい。
時間が流れる音って、どんな音か知らないけど。
ああ、ほんとになんかクラクラするなあ。

それにしても、今日は風が強いですね。






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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
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