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2018-10

登場人物のひとりに過ぎない

たった今、家族の遺体が見つかったばかりの人にマイクを向けて、
その気持ちを聞こうとするテレビ局の人間の無神経さに腹が立ち、
何度かテレビを消したここ数日間。

今も昔も変わらないなあと思う反面、
「メディアが伝えなければならない真実」とはそういうことなのか?とか、
視聴者のほうにもそれを聞いてみたいという心情があるのか?とか、
いろいろ思ってみたりもします。

昭和の古いニュース映像とか見ると、
事件や事故の関係者に同じような質問をしていることがあります。

「無神経で俗悪で醜悪で、本当に冷酷な報道だ」と思いながらも、
視聴者も、多かれ少なかれそれを知りたがっている。
メディアというのは、そういう人間の醜悪な願望を映し出している、
だからこそ存在価値があるのかもしれません。

「テレビを消す」なんてキレイごとを書いていますが、
きっとぼくの中にも、それを聞いてみたいという邪悪な好奇心がある。
メディアの醜さは、人間の、そして自分自身の醜さでもあるのでしょう。
なんだか複雑な思いです。

それにしても、思いがけなく家族を失った人たちの悲しみや喪失感は、
想像するだけで、こちらまで落ち込みそうになります。
僕自身、最近、家族を失ったこともあって、いろんな思いが浮かんできます。

今、10月公演の脚本を書いていますが、
今回は、ある家族の話で、というか、ふたつの家族の話で、
いろんな出来事の中でそれぞれの家族がどう思うかを想像しています。
そんなこともあって行方不明の家族を探す方の姿をニュースで見ると、
言葉にできないモヤモヤが浮かんできます。

この前読んだ、松家仁之の『光の犬』は、まさに「家族」の物語でした。
北海道に暮らす家族の三代にわたる小説。
その家族の話に、そのときどきで飼われていた犬たちのことが絡んでくる。
人間と同じように犬にも個性があり、もちろん生き死にがあり、
それが、せつない小説です。

家族の誰かの言動が、別の誰かの言動につながり、
ひとつの思いが、世代を超えて、べつの誰かにつながっていく。
誰もが経験するそのことが、とても丁寧に描かれていました。

どんな家族にも、1冊では足りないくらいの物語があり、
それは永遠に続いていくものだと思います。
そんなことを思いながら、脚本を書いています。

自分自身も、長い長い家族の物語の中の、
小さな登場人物のひとりに過ぎない。
今さらのように、そんなことを思います。













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プロフィール

TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
web.fc2.com/index.html

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