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2019-02

僕たちはバベルの塔にいる

稽古中、ある役者に「もっとホウシな感じで」と言ったら、
「ホウシって何ですか?」と聞き返された。ほかの人も誰も知らない。
漢字で「放恣」と書いてみても、やっぱりみんな首をひねる。
まあ、あんまり日常的に使わない言葉だし、正直おいらもふだん使いません。

でも言われた役者は一生懸命に「放恣」の意味を調べていたから、
むしろ、伝えたかった意味は、ちゃんと伝わったんだろうなと思います。

考えてみたら、じつは言葉とは、かなりあいまいなもの。
たとえば、演出してて「そのセリフ、もっと鋭く」と言っても、
それがどんな鋭さなのかは伝わってないかもしれない。
演出の言う「鋭さ」と、役者が考える「鋭さ」は、まったく別かもしれないし。

いやいや、芝居の稽古でなく、日常生活だって、
じつは人間て、言葉のあいまいさに振り回されているでしょう。
たとえば、「好き」という言葉のあいまいさは、いろいろなドラマを生み出す(笑)。

言葉は人間が生み出した最大最高の発明品なんて言う人もいるけど、
言葉が混乱や誤解を招き、悲劇を生みだすことだって多々ある。
バベルの塔は、いたるところにあるのです。

今思ったけど、演出していると、単純でわかりやすい言葉ほど危険。
「鋭く」とか「やさしく」とか「テンポよく」なんて言い方は、
単純な言葉だから、言う側も言われる側もあまり深く考えないのではないか。

単純でわかりやすい(ように思える)言葉だから、
お互いに、「ちゃんと伝わってる」と思いこみがち。
でもじつは、まったく別のとらえ方をしている、なんてことも十分にあり得る。
なんか、今、すごくそんな気がした。

おおおおお、怖いね、言葉って!

単純な言葉でズバッと伝えるよりも、
いろんな言葉で、まわりくどい言い方で、時間をかけてあれこれ話す、
そういう演出のほうが、じつは「何かを正確に伝えようとしている」のかもしれない。

たまに役者の人が「○○さんの演出はわかりやすい」なんて言うのを聞くけど、
それ本当にわかりやすいのか? 
その演出家は自分が伝えたいことを、どこまで伝えきれているのか? 
その役者は演出家の言葉をどこまで正しく受け止めてるのか?
……なんてことを、あらためて聞いてみたくなる。

もっと、言葉というものに対して謙虚にならなければいけないですね、
同時に、言葉というものを過信してはいけないですね。

はい、覚えておきます。
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コメント失礼します。
ちょうど今読んでいた昨日の(笑)日経新聞夕刊のコラムに、言葉の話ではありませんが似たような話が載っていました。抜粋します。

******************
「判りやすい」 東洋英和女学院大学学長 村上陽一郎
判りやすく、という努力を重ねるに伴って、失われるものにも気を配るべきでは、との思いも消せない。ヴァレリーは、難解こそ求めるものだ、と言ったそうだが、ことさら難しさを衒うのは論外としても、判りやすいことだけが、至上の価値となる風潮が世にあるとすれば、気遣わしいことに思える。
・・・難しいことに出会ったとき、その前に跪き、それを大切に取り込んで、自分の中に育てつつ自ら解きほぐす努力を重ねることから、新しい自分を見出す可能性が生まれることもあるのではないか。

******************
判りやすさを相手に求めるときに失うもの。
この失うものこそ今の私に一番必要な部分なのだなぁとじわじわ感じています。
ハイハイと聞き流していった言葉、ちょっと取り戻しに行ってきます。

良い記事を抜粋してくださりありがとうございます。
ちょうど今、すっと入ってくる内容ですね。 図書館で全文読んでみようかな。


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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
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