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2019-02

ふたつの光景

今日も仕事の調べもので図書館へ。

電車の中やホームでたまに見かける光景があります。
近くに発達障害者の学校があるらしく、
ときどき、子供を迎えに来た親とその子供の二人連れに遭遇するのです。

……と、ここまで書いて、
とても書きにくいことを書き始めちゃったなあ、と思っている自分がいる。
どう書けばいいのだろう、いや、きっと、ありのままを書けばいいんだよね。

子供、といっても中学生くらい?はホームで奇声を上げたり電車内を歩き回ったり。
もちろん、他の乗客は見てみぬフリというか、
そういう子が多い駅なので、もう当たり前の光景になっている感じ。

僕は、正直に言えば、子供よりも、そのお母さんのことが気になります。
そして、たまにその表情をうかがったりします。
「表情をうかがう」なんてことをしてはいけない、とも思いながら。
いや、でもそれは素直な気持ちなんだから、と自分に言い訳しながら。

親の気持ち、愛情、思い、長い長い時間、短い時間……
いろんなことが想像力の中を駆け巡るのだが、
しかし、きっとそこには、どんなに想像しようとしても想像できない、
触れることのできない感情があるような気がする、
気がするけど、それが何なのか、わからない、わからないことが歯がゆい。

今日も、そんな思いを味わっていました。

なぜこんなことを書いているかというと、
被災地の避難所で、発達障害の子とその親とが孤立している、
というニュースを読んだからです。

ほかの人への迷惑を考えると避難所にいるのは心苦しい、
ということで避難所とは別の場所にいる、という現実。

それを見て、駅や電車で見かける光景が目の前に浮かびました。
それは、ありきたりな日常の中に溶け込んでいる光景。

ところが、被災地の避難所では、あえて距離をとる人々がいる。
「他の人に迷惑だから」と、避難所に入らない人々がいる。

駅やホームのありきたりな日常の中に溶け込んでいると思っていた光景が、
ちょっと違ったものに思えてきました。

そこには、「別の何か」がひそんでいるのかもしれない、
その「別の何か」が、たまたま避難所という非日常的な環境の中で、
思いがけず顔を出してしまったということなのだろうか。

電車の中でおだやかな顔をしているお母さんたちも、
もしもそこが避難所であれば、やはり距離を置こうとするのだろうか。

それは、誰のためなのだろう、何のためなのだろう、
何がそうさせるのだろう。

いくら考えても、答えは出ませんが、
でも、それを考えることは、とても大切なような気がします。

じつは「月光インク」の話を思いついたときにも、
駅やホームで見かける、その光景のことを思い浮かべました。
それは、めぐりめぐって、かなり遠回りかもしれないけど、
どこかでつながっています。

心のどこかで、ひっかかっていること、
何をどう考えればいいのか、よくわからない、
でも、気がつくとそこに戻ってきているような、
なんかそういうことが、どこかにひそんでいます。

これは、一体、何なのだろう。
いつか、気がつく時、わかる時がくるのだろうか。

モヤモヤしているのですが、
そのモヤモヤを大切にして稽古したいです。







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私の友だちは、自分が100歳になるまで健康で生きていかなきゃいけないと言ってます。そうすれば、健常のお子さんよりも寿命の短い障害のある息子の面倒を自分で最後まで見れるからです。彼女は、障害のある息子さんと電車に乗ることはできても、息子さんを一人家に残して電車に乗ることはできないのです。この先もずっと。

●そらさん
子供よりも親が先に逝く、というのが生命のならわしなのに、
そんな決意、そんな形の愛情もあるのですね。
いろんなことに気づかされるコメントありがとうございます。


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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
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