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2019-02

ラプンツェル

やっぱりどうしても気になって、
『ラプンツェル』を借りてきてダーッと観てみた。

子供の頃、寝る前に親に読んでもらったグリム童話の中でも、
とくに好きだった『ラプンツェル物語』。
まさか映画になるなんて思わなんだ。

グリム童話のラプンツェルとは似ても似つかない話になってた。
いや、それが悪いとはいいません、これはこれで面白かったです。
歌も、1度聴いたら耳に残るようないい曲が多かった。

グリムの『ラプンツェル物語』は、愛というよりも性愛、
男女の性交渉の暗喩に満ちた話しとして有名です。
……ということを知ったのは、もちろんおとなになってからで、
子供の頃、布団の中で母親が読むのを聴いてるときは、
そんなことはさっぱりわからなかった。当たり前だけど。

でも今考えてみれば、この話で僕がドキドキしたのは、
もちろんラプンツェルと魔女と王子の物語ではあるけれど、
それと同じくらい印象的なのは、物語のきっかけの部分、
ラプンツェルが産まれる前、
母親がどうしても魔女の庭に生えているラプンツェルの葉を食べたいと言い張り、
父親が命がけでそれを奪おうとする場面だった。

このラプンツェル誕生以前の話に描かれてる、
母親=「産む側の性」の、なんとも知れないわがままぶりは、
魔女の暴虐ぶりとは別の意味で「怖い」。
怖いけど、なんだか納得。

「産む側の性」として選ばれた「女」のエゴイズムに、
子供のころのおいらは恐れおののいたのだろうかね。

で、グリムのラプンツェルは、
最後、やはり子供を産む。

塔に幽閉されていた彼女が侵入してきた王子によってセックスに目覚める、
というのはよく知られた話だけど、
つまり、ラプンツェルもまた、
「産む側の性」としてのアイデンティティを手に入れたってことだよね。
永遠に繰り返される人間の「生」と「性」の営み。

そう考えると、何の理由か知らないが、
ラプンツェルを閉じ込めて男から遠ざけた魔女は、
ラプンツェルの処女性というか純潔というか、
そういうものを守ろうとしたのかも。
なんか、魔女が「いいもの」に思えてくる。

それとも、もはや愛だのセックスだのとは無縁になった老いた魔女の、
嫉妬から生まれた行為なのか?
どっちなんでしょうかね。

なんにしても、子供の頃から僕は、
ラプンツェルのことが(そしてわがままな母親も)、
悲劇のヒロインとはぜんっぜん思えなかった。

魔女と同じくらいに、いやそれ以上によこしまで人間臭い存在のような気がしてた。
この物語の中の魔女の、なんと善良で純粋なことか!

そんなところが、この物語に惹かれた理由なのかな。
グリムのラプンツェルは、人間の生と性を描いた
ほんとドロドロした話なのだ。
そして、魔女は「悪役」ではなく「いいもの」です、絶対。

あ、映画は映画で楽しいですよ、念のため。





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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
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