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2019-05

愛は渦巻くよね

久しぶりに単行本の原稿を書いて、
それは、まあ、ビジネス書ではあったにせよ、
やはり僕は文章を書くことが好きなんだ、
本を作るという作業にたまらなく興奮するんだ、
あらためて、そう思った。
そんなことを、つらつら思う週末。

今日は別の仕事の原稿を書き、
次の脚本を書く準備をする。
書くことがあるのは、幸せ。
書きたい、と思うことは、幸せ。

あー、コーヒーうまいね。

登場人物の名前を書いた小さなカードを作った。
人数分のカードを机の上であれこれ動かしながら、
話の流れを考える。群像劇だから、人の出入りが重要。
この作業が、たまらなく好きです。

あ、この人とこの人がしゃべってる時、
この人は、ここで聞いてるんだな、
なんてことをはるか上空から俯瞰してるみたいな。

この人には、この会話を聞かせたくないから、
この瞬間は舞台からハケててもらおうと、とかね。

昨日はDVDで『愛の渦』を観てました。
ボツドールの。
乱交パーティーを舞台にした群像劇。

去年だったか、初めてボツドールの舞台を観ました。
『夢の城』、とあるアパートの一室での群像劇(?)。
セリフはひとつもなく、ただ数人の男女が、
ちらかり放題の室内で半裸または全裸になって、
欲望のおもむくままに延々セックスするだけの芝居。

いいか悪いか、好きか嫌いかは別にして、
そういうものを演劇として見せられる、
その体験は、まさに「体験」、
目の前に全裸の男女がいてからみ合ってることに、
最初は慣れないのだけど、そのうち慣れてきて、
それが人間のひとつの「営み」に見えてくる。

何も言わず、ただ食べるだけ、ただ寝てるだけ、
ただ書いてるだけ、ただ空を見てるだけ……
それだってやっぱり「演劇」「舞台」として成立するのかな。
そこに「観客」がいることの意味は何だろう?
……なんてことを考えてた、ボツドールの舞台。

ところが、映画はちょっと違った。
舞台であれば、そこに舞台上と観客との関係があり、
「見る」と「見られてる」の関係があり、
そこには、ひとつの「体験」が成立していた。

ところが映画には、それが無い。
俳優たちはカメラの前で演じている。
そうだ、まさに「演じていた」のだ。
カメラがある以上は演技するしかないのだから。

そして当然、そこには観客はいない。
創り出された生々しさが、ポカンと宙に浮いてるみたいな。

舞台を観ていたときに感じた
観客として強いられる「体験」の、そのジリジリした感じ。
それが映画には一切ない。

あー、この劇団の舞台は、やはり舞台として「体験」しないと、
その本質を感じることはできないんだなーと思いました。

そして、舞台を見る観客にとって、
芝居とは、ひとつの「体験」なのだということを、
あらためて実感した、そんな映画でした、『愛の渦』。

さて、おだやかな日曜日の朝、
こんな朝に仕事するのも、
おつなもの。





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TheaterNautilus

Author:TheaterNautilus
シアターノーチラス代表・今村幸市によるブログです。
年に2~3回、オリジナルの脚本による芝居を上演しています。
次回公演は2018年10月です。
http://theaternautilus.
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